梅原猛 『海人と天皇』

加藤弘一

  昨年(1991年)のNHK大河ドラマ『太平記』は久しぶりにおもしろかった。新史料を取りいれたという今年の信長や、来年以降に予定されている東北と琉球の王朝の物語も、刺激的なドラマになると期待していいだろう。NHKのこうした意欲的な企画の背景には、網野善彦らによる新しい歴史研究があるのではないか。

 梅原猛もまた、歴史のタブーに挑んできた一人だが、新著『海人と天皇』は、その総決算ともいうべき本である。

 梅原は、象徴天皇制の誕生という大問題に正面から切りこむ。

 象徴天皇制は、天皇を絶対者と持ち上げながら、その実、裏の権力者のあやつり人形にしてしまう。幼帝をいただいた摂関政治や院政、武士政権による公家権力の棚上げもすべてこのパターンだが、皇室だけでなく、武士政権内部でも北条得宗家による将軍の棚上げがおこなわれていたように、日本的権力の基本性格といってもいいくらいあらゆる場所に蔓延している。

 梅原によれば、象徴天皇制は律令国家の成立にはじまる。これは一見、奇妙な説である。律令は皇帝が独裁権力をふるう隋唐の制度を移入したもので、摂関政治や院政による天皇の棚上げは、律令制の乱れとするのが筋だろう。ところが、日本の律令制は中国の制度を取りいれると称しながら、最高権力者の独裁権力を巧妙に骨抜きにする、一貫した意志の産物であり、名誉が高いものには財が薄く、財が厚い者には名誉が低くという日本的な権力分散の原型でもあった。

 その「意志」とは、女帝の時代を演出した藤原不比等の意志だというのが、年来、梅原の説くところだが、今回は六人の女帝一人一人の背景に立ちいり、定説では不比等の実娘とされている聖武帝の母、宮子の、明石の上にも似たシンデレラ・ストーリーに光をあてていく。なんと、宮子は紀州の海人の娘で、不比等が養女とし、藤原氏の娘に仕立てたというのである。

 梅原の謎解きが例によってスリリングなことはいうまでもないが、宮子の場合、息子の聖武帝と孫娘の孝謙帝の驚くべき後日譚がつづく。孝謙帝は、道鏡との密通を噂される女帝だが、あのスキャンダルについても梅原は驚くべき新説を立てて、彼女の名誉回復をはかっている。にわかに賛同できないが、なかなか説得力のある説だということを申しそえておこう。

(Feb 1992 「エスタミネ」)
Copyright 1996 Kato Koiti
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