エディトリアル   Aug 2010

加藤弘一 May 2010までのエディトリアル
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8月19日

 松屋の「ゲゲゲ展」に行ってきた。ある程度予想はしていたが、すごい混雑でチケットを買う列が延々下の階までつづいていた。券があったのですぐにはいれたが、中も人人人……。水木漫画とは縁のなさそうなオバサン、オバアサンが多い。NHKの『ゲゲゲの女房』の影響恐るべし。

 エントランスでは等身大の水木御大のパネルと妖怪たちのブロンズ像がむかえてくれた。最初の部屋は河童の三平、次は鬼太郎、悪魔くん、最後に御大の仕事部屋とつづく。

 展示のメインは原画と透明ケースにはいった貸本漫画の実物だ。原画はB5くらいで意外に小さかったが、細密画と点描の実物には圧倒された。これは見る価値がある。1966〜69年のものがほとんどだが、つげ義春と池上遼一がアシスタントをしていた頃にあたる。二人がペン入れした画もあったろう。一方、貸本時代のものは鬼太郎が数点あったくらいだ。貸本作品の復刻がたくさん出ているが、大部分は原画が残っていないので刊本の複製だ。鬼太郎の原画だけは手元に残しておいたということか。

 悪魔くんは上に「少年マガジン」版の『悪魔くん』、下に「少年ジャンプ」版の『悪魔くん復活 千年王国』と同じ場面を対比して展示してあった。複製でいいから東考社版も比較にくわえてほしかった。

 鬼太郎茶屋で目玉おやじのあんみつを食べたかったが、そんな雰囲気ではない。グッズ売場も特売場並みの大混雑。図録がほしかったが、図録は作っていなかったので何も買わずに出てきた。

 以下に「書評空間」に書いた水木漫画の感想を貼っておく。

「無頼平野」

 シネマ・ヴェーラの石井輝雄特集で見た。

 つげ忠男の同題の劇画の映画化で、ヤクザと踊子の悲恋ということになるが、大変な傑作である。

 舞台は昭和30年代の浅草(らしい)。カジノ座の若手のトップ、ナミ(岡田奈々)が舞台で歌っていると突然の銃声。ナミは胸から血を流して倒れるが、実弾ではなく人血をしこんだ模擬弾だった。ナミは黒竜会の親分梶山(南原宏治)から言い寄られていたが、なびかなかったので脅されたのだ。

 人血を提供したのは血液銀行の下働きをしている忠男(佐野史郎)と尾瀬(金山一彦)だ。二人は産婦人科をまわって木の樽に胎盤を集めてきて、薄暗い作業室で血を絞るという最低の仕事をしていた。忠男はナミのファンだったので、脅しの片棒を担がされたことを悔やむ。

 ナミは梶山の子分に拉致されそうになるが、無頼漢のサブ(加勢大周)に助けられる。サブはなにも要求せずに一途にナミを慕うが、ナミは父親がヤクザだったのでヤクザとはつきあわないとにべもない。

 ナミの人気があがり、はじめて主演することになるが、梶山はナミに主役の座を奪われたベテランの踊子を抱きこんで最後の勝負に出る。そこにナミの父親(吉田輝夫)があらわれるが、サブとは昔会ったことがあった……

 物語の間にはさまれるナミのレビュー・シーンが素晴らしい。岡田奈々は舞台化粧が映えて場末のスターのはかない美しさに輝いている。このレビューを見るだけでも、この映画を見る価値はある。

 サブとナミをとりまく一癖ある人物がみないい。内気な忠男は孤独をまぎらわすために知らない男の後をつけ、住所がわかったら葉書を出すという趣味をもっていたが、その縁で行方不明の夫を探す子連れの人妻の春子(水木薫)が転がりこんでくる。佐野もうまいが、年増女の図々しさとかわいらしさをふりまく水木薫が最高。

 由里徹、砂塚秀夫、大槻ケンヂ、杉作J太郎といったところが友情出演しているが、それぞれ愛すべき半端者を演じていて、うまく物語を盛りあげている。

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「徳川女系図」

 シネマ・ヴェーラの石井輝雄特集で見た。

 ゲテモノと聞いていたが、意外にもまともな映画だった。冒頭、おっぱいの乱舞する女だけの無礼講で度肝を抜くが、その狂態を遠眼鏡でのぞく綱吉(吉田輝夫)が内腿に黒子のある女を夜伽に指名してから大騒ぎになる。

 指名されたおみつ(御影京子)は御台所派の万里小路(有沢正子)の下働きで、かつて綱吉に失敗を救ってもらったことから綱吉を慕っていたが、御台所派と対立する江戸派のお伝(三原葉子)の方の配下に拉致されて拷問され、夜伽ができないように玉門を焼かれてしまう。万里小路はすかさず刺青で贋黒子をつけた女を用意し、綱吉にさしだす。

 玉門を焼くとは穏やかではないが、1968年製作なので蠟燭を内腿にたらしておみつが苦悶の表情を浮かべる程度で、描写の力点はおみつの純情にある。

 純情なのは綱吉も同じだ。彼は真に心のかよいあう女を求めてつぎつぎに女を変えるが、女たちは最後は打算を出すので深く傷ついている。ポルノ時代劇を売りにしているが、実は純愛映画だったのだ。

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