エディトリアル   January 2013

加藤弘一 Dec 2012までのエディトリアル
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1月 1日

 新年おめでとうございます。

1月 4日

今年最初の映画を早稲田松竹で見た。まず成瀬巳喜男監督の『めし』。林芙美子の絶筆の映画化で熱烈な恋愛で結婚したのに倦怠期に入ったサラリーマン夫婦の危機を円熟のスタイルで描いている。

 作者の死で別れるのか、元の鞘におさまるのかわからないまま終わったが、映画では元の鞘におさめている。ラスト、大阪にもどる東海道線の旅のなんと清々しいこと! 原節子は小津作品ばかりが喧伝されているけれども、小津作品よりこちらの方が上ではないかと思った。原節子の最高傑作ではないか。

 併映の『稲妻』も林芙美子原作、成瀬巳喜男監督だが、主演は高峰秀子だ。こちらは下町の一家で女三人男一人の兄弟が全部父親が違うという設定。小沢栄太郎演ずる脂ぎった事業家に一家が翻弄され、人妻だった二人の姉がそろって愛人になってしまい、旅館や喫茶店をまかされる。バスガイドをやっている高峰は結婚相手にと迫られ、家を出て一人暮らしをはじめる。

 欲と欲がぶつかるガチャガチャした映画だが、稲妻の光る夕立の後、娘が母を送っていくラストはしみじみとしていい。新年早々すばらしい二本立てを見た。

1月 9日

 早稲田松竹で「ニーチェの馬」を見た。風が吹き荒れて、父と娘がゆでたジャガイモを食うだけの映画だが、二時間半目が釘づけ。駄馬の存在感も半端ではない。外の世界は滅んだということなのだろうか。わけがわからないが、感動した。

 併映の「ファウスト」もすごかった。ゲーテの「ファウスト」が原作ということになっているが、別のファウスト伝説というべきだろう。二本あわせて5時間。疲労困憊したが興奮して眠れなくなった。昨日は虚脱状態。

 休憩時間に一昨年の授業に出てくれたY君に挨拶され、たじろぐ。悪いことをしているわけではないが、どうも居心地悪い。芸術映画の二本立てだからまだよかったが。

1月10日

 テレビ朝日「モーニング・バード」の「Gウーマン」に出てきた真賀里文子という人形アニメの婆さんがすごい。錠剤に手足の生えた「コンタック」のCMや「ドコモダケ」、「液キャベ」のCMを作った人で、最近はスタジオで人形アニメの塾もやっているそうだ。

 マガリ事務所のホームページで短編を見ることができるが、ここにはない「遣唐使ものがたり」がすごかった。大海原の波のリアルなことといったら! 金属の軸に樹脂の波を120度間隔でつけ、0.5度づつ回転させて撮影したが、あまりの過酷な現場に監督が逃げ出したので婆さんが監督までやったとか。「遣唐使ものがたり」は長崎にいかないと見ることができないというが、どこかで真賀里文子特集をやってくれないか。

 「大奥〜永遠〜」を見た。よしながふみ原作の男女逆転大奥の二作目だが、評判通りよくできている。前半はおなじみのエピソードが男女逆転しても成立ってしまう男女対称性の面白さで引きつけられたが、後半、男女の非対称性が鉄の壁のように迫ってくる。最後は将軍残酷物語だ。

 綱吉役の菅野美穂と右衛門佐の堺雅人がすばらしいし、脇を固める桂昌院の西田敏行と柳沢吉保の尾野真千子もいい。一作目の「大奥 〈男女逆転〉」はゲテモノと思ってみなかったのが悔やまれる。どこかでかからないか。

1月11日

 ペンクラブの言論表現委員会に出た。議題はGoogle和解と著作隣接権問題の二件。Googleとの共同声明の各条ごとの解説はへえーの連続だったが、微妙なのでさえずるわけにはいかない。出版社や書協出身の委員はけしからんと息巻いていたが、あれでも謝罪になっていたのである。

 和解の結果ペンの会員は意思表示しなければGoogleに無断スキャンされた本のスニペット表示が非表示になるが、表示を残してほしいと望む会員は多いのではないか。わたしの場合は一冊だけ無断スキャンされていたが、スニペット表示は残すつもりだ。ベストセラー作家以外は残した方がプラスになる。

 民主党政権は各省庁が複数部購読していた新聞を一斉に解約させたが、自民党政権にもどってからまた複数部購読するようになり、新聞各社は大喜びしているという。民主党に掌返しをする新聞が多い背景には定期購読を切られた恨みがあったのか。

 隣接権問題はY委員長が遅刻したので、以前から係わってきたU委員が状況を説明してくれた。次の国会で通りそうなので運用のガイドライン作りに着手したという風に受けとったが、Y委員長によると政権交代で国会に提出できるかどうかもわからないとのこと。U委員の説明は願望がはいっていたようだ。

1月12日

 NHKの「日本人は何を考えてきたのか」の「#9 大本教 民衆は何を求めたのか 〜出口なお・王仁三郎〜」を見た。出口なおが暮らした綾部がグンゼの発祥の地で、なおが生活の糧としていた糸紡ぎが近代紡績で立ちゆかなくなったという因縁は知らなかった。なお愛用の糸車が最後に出てきた。

 第二次大本弾圧の傷跡は動画で見ると一層生々しい。あそこまで徹底的に大本教をつぶそうとしたのはファシズムの近親憎悪という人がいた。要するにナチスの共産党つぶしのようなものだ。

1月16日

 「007 スカイフォール」を見た。面白かった。中だるみはあったが、最初と最後は見る価値がある。ボンドが育った邸が登場するのは50周年記念作だからだろうか。去年邦訳が出た『007 白紙委任状』の設定とずれているが、このシリーズはそういう細かいことは気にしないのだろう。

 今回はジュディ・デンチがハビエル・バルデム演ずるマザコン変態スパイにストーカーされ大活躍するが、シリーズ引退作なので花を持たせたのだろう。彼女のMが見られなくなるのは寂しい。

 軍艦島の場面もよかったが、マカオの近くの中国の島にしか見えなかった。あんなすばらしい景観を外国映画で使われるとは。『コインロッカー・ベイビーズ』 をさっさと映画化しておけばよかったのに。

1月18日

 「ホビット 思いがけない冒険」を3D吹替版で見た。あまり客が入っていないようだし期待していなかったが、傑作だった。「ローロ・オブ・ザ・リング」三部作の水準を維持し、超えている部分もある。3Dの効果はすばらしい。ぜひ3Dで見るべきだ。

 ガンダルフのイアン・マッケラン、サルマンのクリストファー・リー、ガラドリエルのケイト・ブランシェットと、おなじみの俳優が同じ役で再登場するのも楽しく物語に深みが増す。フロドのイライジャ・ウッドもちょっとだが顔を出している。

 原作は『指輪物語』の1/10なのに、三部作に膨らんだというので、勝手なエピソードを追加して長くしたのかなと疑っていたが、第一作に関する限りに原作にきわめて忠実だった。というか、もともとそれだけの厚みのある小説なのだ。「ロード・オブ・ザ・リング」を同じように作っていたら十部作になっていただろう。

1月19日

 『題未定』が届いた。冬の朝のような凛とした装丁で、若い日の安部公房にふさわしい。

 安部公房ファンでも、昨今の経済情勢と住宅事情ではみんながみんな全集が買えるわけではない。15年前からこんな傑作群が活字になっていたと知って驚く読者は多いのではないか。今回の本で安部公房研究の裾野が広がってほしいと思う。

1月20日

 三軒茶屋中央劇場が2月14日で閉館という情報が流れている。今年になってからは番組がいまいちだったので一度もいっていないが、B級映画の隠れた名作を発掘してくれる館だけになくなると困るのだ。一昨年は券売機を新調し、昨年は座席を張り替えたので、もう5〜6年は続けてくれると思っていたのだが。

1月21日

 「レ・ミゼラブル」を見た。舞台は初演以来10回以上見ているし、原作も複数の翻訳で読んだが、映画も素晴らしかった。涙、涙の傑作で、頭の中でメロディーがまだぐるぐるまわっている。

 舞台版の映画化だが、コゼットを連れて馬車でパリに向かう場面やパリ入城の場面が追加されている。馬車の場面ではジャン・バルジャンのアリアが新たに入っている。新しい楽曲を入れたのはアカデミー賞の音楽賞の候補になるためだそうだ。

 臨終のジャン・バルジャンを迎えにくるのがファンテーヌだけになっているのは賛否両論があるだろう。よく考えたらエポニーヌとジャン・バルジャンはほとんど面識がないわけで、この方が自然であるが、二人がデュエットする聞きどころがなくなってしまった。

 ミュージカル映画では珍しい同時録音だけあって、感情が激して台詞から歌になっていく様子がリアルだ。舞台版のライブ録音が洗練をきわめていているのに対しゴツゴツした印象だが、ナマの言葉の迫力がある。サントラ盤は買いだろう。

1月25日

 「アタック・ザ・ブロック」を見た。ロンドンの貧乏団地に隕石に乗ったエイリアンがやってきて、地元の不良グループが迎え撃つというハチャメチャSFもの。馬鹿馬鹿しいが、よく出来ている。エイリアン弱すぎだろう。不良のリーダーの少年はデンゼル・ワシントンに似ている。

 「遊星からの物体X ファーストコンタクト」を見た。「遊星からの物体X」の前日譚で、この映画の最後の場面が「遊星からの物体X」の最初の場面になる。

 アメリカでも日本でも客が入らず、映画評もさんざんだったが、面白いではないか。ジョン・カーペンターのオリジナルが凄すぎて損をしていているのだろう。「プロメテウス」なんかより断然面白いのに、こういういい映画が当たらないのは残念だ。

 Amazonで検索したら「遊星からの物体X」の原作の「影が行く」が復刊されていた。ホラーSFのアンソロジーでオールディスの名作「唾の木」もはいっている。

1月31日

 「ライフ・オブ・パイ」を3D版で見た。これは凄い。狭い救命ボートで虎と少年が漂流する話だということは知っていたが、 せっぱ詰まった状況は想像以上だった。もちろん虎はCGだが、CG技術はここまで来ていたのか!

 日本船が舞台ということになっていて、日本人らしき人物が数人登場するが、どうみても中国人だし、日本語がおかしい。台湾での撮影が多かったそうだから、当然そうなる。

 ジェラード・ドパルデューがちょい役で登場したので、何かあると思っていたら、最後の最後ですごいどんでん返しがあった。原作は深そうだ。読んでみたい。

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