エディトリアル   April 2004

加藤弘一 Mar 2004までのエディトリアル
May 2004からのエディトリアル
Apr01

 東京新聞に「渋谷にハチ公の子孫いた」という記事が出ている。

 ハチ公には子孫はいないとされていたが、あまりにもハチ公と似ているので、東京大学に保存されているハチ公の内臓とDNAを比較したところ、99%直系の子孫であることが確認されたという。ハチ公は上野博士の死後、上野家に出入りしていた植木職人の八尾守さん宅に引きとられ、上野でおこなわれた犬の展覧会に出場したことが確認されているが、ハチ公の所在を知った秋田犬飼育連盟の関係者が子孫を残そうと働きかけたものらしい。

 というのは、エイプリルフールの嘘記事であるが、今年はあまり冴えた記事が見当たらない。Yahoo!ニュースの「Yahoo!ばぶばぶスタート」も、ZAKZAKの「河村隆一双子説」も不発で終わっている。2002年からaprilfool.jpという独自ドメインで活動している「日本インターネットエイプリル・フール協会」もどうということはない。

 その一方、エイプリルフールもどきの本当の記事が目につく。

 たとえば、ITmediaの「米大学、スケッチをもとに情報をあつめる画像検索エンジンを開発」という記事。

 現在の検索エンジンは画像を探すGoogleイメージ検索もふくめて、テキスト・ベースで動いているが、パデュー大学は形をキーにした検索エンジンを開発したというもの。4月1日のトップ記事だったし、出てくる人名が珍しい上に、

 パデュー大学が行った調査によると、設計エンジニアが紛失したパーツを見つけ出すのに費やす時間は、全体としてみると、1年で6週間分にも相当するという。今回発表された画像検索エンジンを使えば、こうした捜し物の時間が80%も削減できる。

 「企業という存在は、実に物忘れが激しい」とRamaniは述べている。

と締めくくられていたので、てっきり嘘記事だと思った。ところが、原文に当たったところ、パデュー大学の当の研究者のサイトにリンクがはってあり、実際にその方面の研究をしていることがわかった。エイプリルフールではなかったらしい。

追記: ずっと音沙汰がなかったが、2週間たって続報が出てきた。Hotwiredの「スケッチを入力して物体を検索――開発進む新世代3次元検索エンジン」、ITmediaの「ここまで進化した「3D検索エンジン」」など。

 やはり本当だったわけだが、ジャガイモの絵を描くと、骨壺が出てきてしまうというから、実用化はまだまだだろう。(Apr17 2004)

 やはりITmediaの「ネット対応洗濯機は大学から広まるか?」や「ゲイツ氏からメールが届く「Microsoft Executive E-mail」、日本でも開始」も本当の記事だった。

 嘘のようなことが当たり前に起こるようになったので、エイプリルフールが詰まらなくなるのも当然かもしれない。

Apr02

 ZAKZAKに「魔法も使えるように?大学で「エルフ語」講座」という記事が載っている。時期が時期だけにエイプリルフールを疑ったが、検索したところ、BBC NEWSの「Do you speak Elf?」、CBS Newsの「Birmingham School Offers Classes In Elvish」という記事が見つかった。複数のソースがある以上、事実に違いない。

 この講座を設けたのはバーミンガムにあるTurves Green Boys' Technology CollegeZainab Thorp女史で、課外授業として教えているという。

 「月刊言語」3月号の巻頭に、『ロード・オブ・ザ・リング』の日本語吹替版でエルフ語を指導した言語学者の伊藤盡氏のエッセイが載っていた。

 日本語吹替版でも、エルフ語の部分はエルフ語で語るようになっているが、声優は耳がいいので、オリジナルの台詞を聞くだけで、ある程度までエルフ語の発音ができてしまうという。しかし、細かいニュアンスを表現するために、語義から文法まで伊藤氏がレクチャーしたのだそうである。そこまでやるのかとうなったが、商業的に成功した映画だからできることだろう。

 トールキン自身のエルフ語についての蘊蓄は『指輪物語 追補編』で読めるが、本国では『An Introduction to Elvish』、ドイツでは『The Languages of Tolkien's Middle Earth』という専門の解説書が出ている。邦訳されているものでは『トールキン指輪物語事典』がある。

 ネット上では「グワイヒアのエルフ語講座」、トールキン研究会 白の乗手の「実践・エルフ語講座」、Adarionなどがある。スラッシュドットによると、OpenOfficeのエルフ語版が開発中だそうだ。

 中世英語を専門にしていたトールキンが『指輪物語』を書いたのは、エルフ語という架空の言語を作りたかったからだといわれている。人工言語を作るという営みはなかなかそそるものがあって、マリナ・ヤグェーロの『言語の夢想者』はデカルト、ライプニッツからジョイスにいたる言語創作者の系譜をつらねた絢爛たる裏近代思想史を展開している。一読をお勧めする。

Apr03

 数日前、Googleが1Gバイトの容量を無料提供するGmailというメール・サービスをはじめるというニュースが流れた。

 通常、フリー・メール・サービスは1〜10Mバイトなので、「米グーグルの発表は嘘?それとも本当?――今年のエイプリルフール・レポート」のように、エイプリルフールを疑う人が多かった。1GバイトでGmailというのも、いかにもである。

 ところが、これもまた事実だったのである(ITmediaの「「Gmailはエイプリルフールの冗談ではない」とGoogle」など)。

 Gmailは膨大な保存容量にくわえて、Googleの検索技術を使い、一瞬で目当てのメールが探しだせる。ということは、つまり、フォルダーに仕分ける必要がないということだ。Googleの実績からすると、メーラーの検索機能よりもGmailの方が格段に速いということは十分考えられる。1Gバイトという途方もない容量は、この検索技術とあわせると、非常に魅力的である。

 GoogleがGmailをはじめるのは、本格的ポータル・サイトとしてYahoo!やmsnと張りあうためだという見方が多い。パーソナライズ検索のためのユーザー囲いこみも、当然、考慮されているだろう。

 1Gバイトあれば、10年やそこら大丈夫だと思うが、プライバシーの塊であるメールをネット上に置いておくのは不安でもある。メールマガジン購読用にフリーのメールアドレスをもっているが、メールマガジン程度ならともかく、個人情報のはいったメールをパスワード思いだし機能などというもののついているフリー・メール・サービスにゆだねるようなことはしていない。

 Gmailの成功は個人認証をどうするかにかかっているだろう。

Apr04

 「あるある大事典」がリニューアルした。司会トリオのうち、堺正昭が残って、志村けんと梅津弥英子アナがくわわった。ゲストが3人から12人に増え、視聴者代表のあるある会員の席がなくなったし、ある子のコーナーも消えた。

 これまではゲストとあるある会員を前に、菊間アナがレクチャーをするという講義形式だったが、今日からは一つのテーブルを囲んで、司会者とゲストがわいわいお喋りをするというセミナー形式になった。内容が難しくなりすぎたので(トンデモも含まれているが)、わかりやすく仕切り直したということだろう。

 新装第1回のテーマは血液型。

 血液型によって身体に弱い箇所があるという「発掘」を強調していたが、血液型が細胞の受容体の型であることを考えればありうることで、これはOKとしよう。A型は心臓(心筋梗塞、狭心症)、B型は血管系(脳梗塞、動脈硬化)、O型は消化器系(癌など)が弱いとか。

 番組のメインは血液型性格判断には科学的根拠があるという説で、こちらは問題だ。

 絵を見て連想する際の脳の血流分布を計測し、A型では記憶と関係する海馬と側頭葉の血流量が増加したので、A型は過去の失敗体験と照らしあわせて慎重になると結論するのだが、例によってサンプル数がすくなすぎる。B型は前頭葉が活性化し、感情とひらめきでネアカになるという研究者の解説があったが、前頭葉の血流量が増えたという結果は映さなかったし、いわれている性格からすると、脳はこうだろうという喋り方だった。

 計測ネタが不十分な分、幼稚園児と大人を血液型別のグループにわけて、反応を見るという「実験」を見せ場にしていた。

 大人の「実験」は血液型がテーマであることを伏せて、焼肉を食べさせるものだったが、A型はきちんとしていて、B型はめちゃくちゃというように、できすぎではないかと思うくらい顕著な差があった。血液型性格判断が広まった結果、暗示の効果で、それらしい性格になっていくという説があるが、ここまではっきり結果が出ると、暗示だけで説明できるのかなという印象をもった。暗示であがり性を治したり、ダイエットしたりといった療法があるが、暗示はそんなに効果があるわけではない。血液型性格判断を否定しようとすると、暗示をオールマイティにしなければならないというジレンマにおちいる。

 逆に、もし、暗示でここまで性格が変わってしまうのだとしたら、恐ろしいことである。性格にあたえる暗示の効果を調べた研究はないのだろうか。

 幼稚園児の方は暗示の影響がない子供で実験したつもりなのだろうが、困ったことに、協力した幼稚園は月に数回、血液型のクラス編成をしているのだそうである。月数回であっても、暗示の影響は排除できないと批判されたら、反論のしようはない。血液型信奉者のやっている幼稚園ではなく、普通の幼稚園で「実験」をおこなうべきだった。

 それにしても、幼稚園児たちは血液型性格判断通りの行動をとっていて笑ってしまった。ワトソン・ベビーでもあるまいに、これがすべて暗示で説明できるのかなと思わないではないが、もし暗示の効果だとしたら、きわめて危険なことをしていることなる。

Apr05

 新年度で模様替えしたニュースサイトがある。

 まず、Mainichi INTERACTIVEは、MSNと提携してMSN-Mainich INTERACTIVEになり、掲載される記事の量が格段に増えた。これまで「社会」は毎日のニュースと「特集」だけだったのが、今日からは

事件|話題|教育|人事・訃報|天気|学芸|皇室

と小分類にわかれ、過去の記事が参照できるようになった。

 まだ紙面全部ではないだろうが、それでも数倍、掲載される記事の量が増えたような気がする。記事の検索がちゃんと機能するようになった点は特筆したい。

 Mainichi Daily Newsの見出しが、同じ画面で参照できるようになったことも便利。

 気になるリンク制限であるが、「著作権」にも、「よくある質問」にも、リンクに関する記述は一切ない。リンクを制限する法律的根拠がないことは参議院文教委員会の答弁でもあきらかなのだから、制限しようという読売ON-LINEの方がおかしいのである。

 関連する記事をリンクするなど、改善してほしい点もあるが、記事を4ヶ月掲載しつづけるという点は重要で、今後、MSN-Mainichi INTERACTIVEはblogの引用先として、大きな存在になっていくだろう。

 ZAKZAKは、オレンジ色を基調にした派手なレイアウトになった。もとが夕刊フジなのだから、らしくはなった。

 ZAKZAKは記事を開くと、これまで左に分野別メニュー、右にその分野の記事一覧が出てきて、目障りだったが、新レイアウトでは記事一覧は本文の下に表示されるようになり、すっきりした。過去記事では分野別メニューも、記事一覧も表示されないので、読みやすい。

 TVでは「ニュース・ステーション」の代わりに「報道STATION」がはじまった。

 古舘伊知郎の第一声は「申し訳ありません。スポーツ、バラエティーとやってきたのでニュースキャスターじゃありません。これからニュースキャスターになります」だった。攻撃的な早口を予想していただけに、肩すかしだった。

 ZAKZAKによると、テレビ朝日側と古舘氏側には思惑の違いがあるそうで、古舘氏は月曜から金曜のキャスターをつづけながら、日本テレビの「おしゃれカンケイ」の司会もつづけるという。要するに予算がないという話で、これでは腰をすえた特集作りなど無理だ。

Apr06

 Jul05 2003の項でふれたように、学生の中には他所のホームページの内容をそのままレポートに貼りつけて送ってくる不埒者が時々いる。わたしはデジタル・カンニングと呼んでいるのだが、デジタル・カンニングに悩まされているのはアメリカの先生も同じだった。

 Hotwiredの「「文章の盗作を探知する」ソフトの採用、新聞や警察などにも拡大」によると、コンピュータの普及度からいって、アメリカはデジタル・カンニングの先進国で、デジタル・カンニングを見破るための専用サービスが何年も前から提供されていた。

 提供するのはiParadigms社で、学生が提出したレポートを膨大な文献データベースとWWWデータベースに照合して、盗用がないかどうかチェックする。料金は学生一人あたり年に60セントだそうだが、顧客が多いので年間売上高は1000万ドル(10億円)に達するそうだ。

 おもしろいのは、盗用探知サービスを新聞社が利用しはじめたということ。天声人語からNYタイムスまで、いろいろあったから、防衛手段が必要になったというわけだ。

 ただ、事実を伝える場合、似てくるのは当然というケースもある。Mar24でとりあげたように、見出しの著作権を主張する読売新聞の主張を退けた判決が出たが、機械的な照合には限界があるのである。

 拙サイトには「作家事典」というコーナーがあるが、ずっと更新を休んでいるのは、伝記的記述で個性を出すのが億劫になったからである。

 現在まで74人の作家をとりあげているが、特に関心のある作家10人ほどを除くと、文学事典や全集の解説など、複数のソースをアレンジして書いている。可能な限り、従来にない書き方をしようとしているのだが、たいして興味もない作家を相手に、こういう作業はするのは楽しいことではない。

 どの事実を重視するかで文学観が出てくるわけで、社会主義かぶれやリアリズムかぶれの文学史を書き換えるのだという意気ごみではじめたのだが、さしもの文学業界ですら、社会主義もリアリズムも先細りになっている。一人で力んでいても馬鹿馬鹿しいというのが正直なところだ。

 とりあげておきたい作家が何人か残っているので、近々、更新を再開しようとは思うのだが、もう一度やる気をかき立てるのは難しい。

Apr07

 CNETに「グーグル、反ユダヤ論争に巻き込まれる」という記事が出ている。

 GoogleでJewを検索すると、一番上にJew Watchという反ユダヤ・サイトが出てくることに対して、ユダヤ人のワインストック氏が抗議したというもの。

 Jew Watchの目次をちょっと訳してみよう。

これだけ見れば、どういう傾向のサイトかわかるだろう。

 ワインストック氏はこのサイトをインデックスから削除するように圧力をかけるべく、ネット上で署名活動をはじめたが、Google側は「人間はGoogleの検索結果を操作しない。検索結果を手動で変えることはできない」と反論している。

 Googleに表示される順位はページ内のマークアップと、被リンク数で決まる。同じようにマークアップされているページなら、リンクされている数が多いほど価値のあるページと見なされ、より上位にランクされるのはご存知の通りだ。

 Googleのランキングはアクセス数に直接はねかえるので、さまざまな手法を駆使して、より上位にランクされるようにアドバイスするSEOというコンサルタント業まである。

 Googleは今年3月、全米の検索の41%を占めるという最高のシェアを達成している(ITmedia)。Hotwiredに「商用サイトの運命は『Google』が左右する?」という記事が載るくらい、Googleのランク決定アルゴリズムは影響が大きく、それだけにGoogleの中立性・公正性はつねに注目されている。

 不正な手段(「SEOスパム」という)でGoogleランキングを上げようとしたサイトがインデックスから削除された例はあり、Jew Watchをはずすことは技術的には可能だが、こんな理由でランキングを左右したら、Googleにはインデックス削除要求が殺到するだろう。Googleランキングの信憑性も怪しくなる。泣く子も黙るユダヤ団体の抗議でも、うかつに応じるわけにはいかないのだ。

 そこで、搦手からJew WatchをGoogleランク一位から蹴落とそうという動きが出てくる。Jewschool.comの主宰者、ダニエル・シーラドスキ氏はJewというキーワードでWikipediaにリンクを貼るように呼びかけている。これがJooglebombであるが、SEOスパムすれすれの行為であるのは間違いない。こんなことをやっていたら、検索エンジン狩りになりかねないのだが。

 ユダヤ団体のコンピュータがらみの言論規制の動きとしては、Dec15でふれたマイクロソフトのフォントから逆卍を削除するように要求した問題がある。

 その後、マイクロソフトは日本向けアップデートにまで「Bookshelf Symbol 7 フォントから不適切な記号を削除するための重要な更新」を含めている。「不適切な記号」が逆卍であることはどこにも説明されていないので、民族学や仏教学の研究者のように、この記号を必要とする人まで、知らないうちに削除する危険性がある。仏教国の日本にまで、このような問答無用のアップデートをおこなうのはいかがなものか。

Apr08

 イラクのファルージャ近郊で日本の民間人3人が武装勢力の人質になり、3日以内に自衛隊を撤退させなければ焼き殺すという脅迫ビデオがアルジャジーラにとどいた。福田官房長官は自衛隊は撤退せず、人道支援活動を継続していくと明言した(東京新聞など)。

 外務省は3月19日以来、イラク全土の退避勧告を出しているが、それを無視してイラク入りした3人はフリーカメラマン、ボランティア活動家、市民運動主宰者という顔ぶれだ。

 フリーカメラマンの郡山総一郎氏は週刊朝日に何度か写真と記事を提供したことがある。朝日新聞社が発行した記者証を携行していたが、事前に「いい写真が撮れたら載せてください」という電話を編集部にいれた程度のつきあいだったという。

 ボランティア活動家の高遠奈穂子氏はバグダッドで浮浪児に衣類や食料を提供してきた人だそうで、Club Wee!というサイトを主宰し、『愛してるって、どう言うの?―生きる意味を探す旅の途中で』という著書がある(すごい題名だなぁ)。

 最後の今井紀明氏は市民運動代表とはいっても、先月、高校を卒業したばかりの18才で、高校在学中から劣化ウラン弾の危険性を訴える講演活動をつづけ、イラク入りの動機も劣化ウラン弾の絵本のための取材だったとか(こんな時期に絵本の取材?!)。

 危険地帯にのこのこ出かけていったのだから、自己責任としか言いようがない。最悪の事態も考えられるが、御本人たちはそれなりの覚悟をもっておいでだろう。

 こういう事件が起こり、世界中から注目されたことで、海外の無辜の日本人がテロにあう危険性が増大した。その方が心配である。

Apr09

 イラク邦人人質事件の続報がつづいている。朝日新聞などは熱くなっているが、TVは報道枠の延長程度で、特番はNHKの深夜枠くらい。ネットの反応は一部左巻系は別にして、概して冷ややか。冷ややかどころか、自作自演説で盛りあがっている。3人の人質のうち、2人の家族は自衛隊撤退を政府に要求したが、最大野党の民主党は政治休戦を提案するという大人の対応をした。自衛隊撤退を主張しているのは社民党と共産党だけである。

 自衛隊を撤退させるために自作自演をしたという説まで流れているが、勝谷誠彦氏の日記の2004/04/09の項に次のようにあるところからすると、その可能性はすくないと思う。

 実はアルジャジーラのCDの肝心のところは流されていない。首に刀がつきつけられた今井氏がガタガタと震え隣からは高遠氏らしき女性の泣き声が聞こえている映像である。EUの中でもギリシアなどいくつかの国だけが自粛せずに流しているようでそれぞれにいる読者が教えてくれた。

 勝谷氏は同じファルージャで、つい2ヶ月前、強盗に遭っただけに、ほとんど唯一リアリティのあるコメントをしている。勝谷氏の経験からいっても、3人のイラク行は無謀なものだったようだ。しかし、解説をまつまでもなく、こんな時期に危険地帯に出かけていくのは自殺行為である。

追記: 4月10日付ZAKZAKの「日本で放映されなかった恐怖演出“地獄絵図” 突きつけられるナイフと銃、止まらぬ悲鳴」という記事は、放映でカットされた場面を詳しく描写している。

 AP通信は東京発で「日本のテレビ局は最も残酷な場面を流していない」と配信したという(Apr10 2004)。

 ドイツのシュピーゲル紙のサイトで、カットされた場面が公開されていることがわかったのでリンクしておく。ネット時代、報道管制しようとしても無駄である。(Apr11 2004)

 犯行をおこなったサラヤ・ムジャヒディン(聖戦士軍団)の実態はまだ不明だが、映像と声明文の分析から、訓練を受けたテロリストではなく、素人に近い集団ではないかという見方が出てきている。

 声明文は宗教的素養の欠如した稚拙なものだそうで、武器はガラクタの寄せあつめ、映像には開いた窓が映っている。致命的なのは、人質の手の届くところに自動小銃を立てかけていること。サラヤ・ムジャヒディンという名前はまったく知られておらず、情報が皆無だそうだが、秘密保持が徹底しているためというより、最近生まれた集団だからと考えた方がよさそうだ。素人が素人を人質にしたのだとしたら、不測の事態が起こる可能性は十分考えられる。

 米軍はメンツにかけて救出しようとするだろうが、相手が素人テロリストだとしたら、なにが起こるやら。人質のうち、二人はいわゆるプロ市民のようだから、救出を拒む事態だってないとはいえまい。

 全員無事に救出できれば一件落着だが、一人でも死者が出たらどうなるか? 同情論はたいして起こらないと思うが、次のテロを怖れて自衛隊を撤退させろという朝日新聞的な主張が強まるはずだ(逆なのだが)。こんな露骨な脅迫をされた以上、今さら撤退は無理である。結局、小泉退陣でおさめるしかないだろう。

Apr11

 日本小児科学会は10日、1999年6月から2003年12月までの4年半に、国内で発生した15才未満の脳死事例163例のうち、虐待によるものが8例、虐待の可能性が否定できないものが11例あったと発表した。1割以上が虐待による脳死だった可能性があるのである(Mainichi INTERACTIVE)。

 年齢別で見ると、6才以下の事例が111例と7割以上を占めているが、虐待と断定されたケースと虐待が疑われたケースはすべて6才以下だった。6才以下の脳死に限れば、実に17%が虐待がらみなのである。

 また、小児科医からの聞き取りとアンケート調査の結果、頭部外傷で受診した乳幼児の3割程度は虐待の疑いがあると見ていることがわかった(東京新聞)。

 首のすわらない乳幼児を激しく揺すぶって脳を損傷させる「揺さぶり症候群」が報告されているが、ほかにもいろいろな虐待があるだろう。それにしても、3割とは驚くべき数字である。

 現在、15才以下の脳死患者からの臓器提供を認める方向で議論が進んでいるが、虐待で脳死にいたった子供が臓器提供者になるケースが当然出てくるはずだ。臓器移植は実績になるから、虐待を告発するとにおわせて、家族に臓器提供を迫る医者が出てこないとは限らない。

 今のところ、臓器提供に対する金銭的見返りは禁止されているが、移植医療を促進するために、家族に何らかの形で見返りをあたえるべきだという意見が根強いし、『人体部品ビジネス』によると、フィリピンやインドでは臓器は現に商品として売買されている。

 虐待する親は、子供時代、やはり虐待を受けていた事例が多いといわれている。いわゆる「虐待の連鎖」である。親自身が虐待されて育っているために、自分の行為を虐待と認識できず、躾と思いこんでいる隠れ虐待も相当あるらしい。

 多くの場合、その通りなのだろうが、虐待されて育ったことを虐待の口実に使う事例がすでに出てきている。先日、発覚した、24才の母親が4ヶ月になる次男の睾丸とペニスを切りとった事件である。

 ZAKZAKによると、この母親は「幼いころから虐待を受け、男性不信から発作的にやった」と動機を語っているそうである。精神の病気がからんでいる可能性が大きいが、わかりやすい動機は本当の原因を蔽い隠し、病んだ自我を防衛する結果をまねく。

 虐待されて育った人間が虐待する側に回るという常識は犯罪の心理的敷居を低くしたと思う。子供の臓器提供に金銭的見返りが認められようになったら、金欲しさで子供を脳死にする親が続出するかもしれない。

Apr11

 イラクの邦人人質事件が妙なことになっている。

 朝一番で流れたニュースによると、サラヤ・アルムジャヒディンは「イラクのイスラム聖職者協会の要求に従い、3人を解放する。日本国民に頼みがある。日本政府に日本軍(自衛隊)が撤退するよう圧力をかけてほしい」という声明をアルジャジーラにFAXでとどけたという。

 なんとも間の抜けた声明であるが、イスラム暦を使っていない云々という日本国内の論評を知ってか知らずか、今回は西暦の前に一応イスラム暦がはいっていた。「一応」というのは、西暦の日付は4月9日を10日と書き直しているのに、イスラム暦は9日に相当する日付のままだそうだからである。

 直前に起きた韓国の牧師一行拘束事件も奇々怪々である。牧師らは武装集団に3万ドルあたえ、「牧師」はまずいので、医師と看護士のチームだととっさに嘘をつき、1時間ほどスポーツ・マッサージをしてやったら、「韓国人は友人」とVIP待遇に変わり、5時間で釈放したというのだ(中央日報日本版)。韓国は2月に戦闘部隊を含む3千人の追加派遣を決定しており、米軍への協力度合いは自衛隊の比ではないが、それは知らされていなかったのだろう。解放された牧師たちは、日本人とおぼしい東洋人を見かけたというが、それが高遠奈穂子氏らなのかどうかは確認されていない。

追記: 韓国の牧師一行が払ったとされる金額を3千ドルと誤記していたのを3万ドルに訂正した。イラクでは年収の5倍で、かなりの金額である。

 韓国政府は牧師一行が3万ドルを払ったことを否定しているが、テロリストに大金を払ったかどうかは今後の自国民の安全にかかわる問題なので、額面どおりに受けとらない方がいい。(Apr12 2004)

 午前11時(現地時間午前6時)にも身柄が引きわたされるとマスコミは一斉に報じたが、引きわたしはなく、プロ市民家族がまたTBSに出演して、自衛隊反対を訴えたり、自衛隊反対の署名を内閣府にもちこむなどのパフォーマンスをおこなった(このあたりのドタバタは「殿下の御館」参照)。

 日本時間の夜になって、反米の有力者、マザハル・ドレイミ氏がアルジャジーラに出演して、ファルージャの反米闘争指導部は新たに身柄引きわたしの3条件を要求しており、日本政府が応じなければ、12時間ごとに人質を一人つづ処刑すると言明した(Mainichi INTERACTIVE)。

 身柄引きわたしの3条件とは以下の通りである。

  1. 逢沢一郎外務副大臣がファルージャを訪問して「米軍による虐殺と集団墓地の現場」を視察すること
  2. 日本政府がイラク国民に対して公式に謝罪すること
  3. 自衛隊がイラクから撤退すること

 マザハル・ドレイミ氏はファルージャ一帯に勢力をもち、フセイン政権時代に優遇されていたドレイミ部族の一員で、イラクでは名の知れた人物だそうである。邦人3人を逮捕したのはドレイミ部族系の武装集団ではないかという推測は昨日の時点で出ていたが、正解だったことになる。

追記: asahi.comの「「自衛隊撤退せねば人質殺害」と声明 仲介者名乗る男」によると、当のアルジャジーラはマザハル氏の発言の信憑性を疑問視し、有力者ですらないとしているという。

 そんないかがわしい人物のインタビューをなぜ放映したのか? 記事から引用する。

 放送に至った経緯については「男性が犯人グループと接触したと言ってバグダッド支局に来たため、生放送でインタビューした。いい情報をもたらしてくれると思ったのが、全く逆だった」と話した。男性はイラク国内で知られた組織の代表ではないという。

素性の怪しい男に生放送で勝手なことを喋らせてしまうとは、アルジャジーラの報道機関としての信頼性はどうなのだろう。(Apr12 2004)

 毎日新聞のスクープらしいが、深夜になって「部族内部で突き上げか 再び強硬姿勢」という記事がMainichi INTERACTIVEに出た。記事を引く。

 イラク中部ファルージャの複数の部族筋が毎日新聞に明らかにしたところでは、犯人グループ「サラヤ・アルムジャヒディン」は、イスラム教スンニ派宗教指導者の説得に応じる形で、いったんは人質解放を決めて、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」に声明文を流して宣言した。しかしその後、決定を聞かされていなかった組織の若手メンバーやファルージャの住民運動指導者から「これだけイラク人が殺害されているのに、どうして人質を解放するのか」「日本政府は米国を支援して我々を殺害している」と、人質解放決定に反対する厳しい声が上がった。

 これが事実だとしたら、リーダーは組織をまとめきれていなかったことになるし、そうなると、「部族筋」がどこまで事態をつかんで発言しているかも怪しくなる。ニューアカ時代に流行ったノマドとかリゾームというやつで、ピラミッド型組織を相手にするのとはちがった難しさがある。

 ひとつ気になるのは、今回の事態急変が日本の情況と変にリンクしているように見えることだ(深読みかもしれないが、日本から知恵をつけている人間がいるんじゃないのか)。

 「サンデープロジェクト」ではコメンテイターはみな自衛隊撤退を拒否した政府の判断を評価し、甘ったれたことを主張するプロ市民家族は顰蹙を買っていたが、身柄引きわたしが長引いた結果、またぞろ家族を押し立てたプロ市民が自衛隊撤退を叫びだした。

 「ネット発 声を挙げよう」で知ったのだが、東京スポーツに「イラク邦人人質事件に日本赤軍関与説浮上」 という記事が載っているそうである。

 記事そのものは見ていないが、「ネット発」氏の見方に影響されて、以下、孫引きする。

 イラクで起きた邦人人質事件で、犯行の様態や声明文の特徴から、武装グループ「戦士旅団」の中に、日本人がいるのではないか。との重大な疑惑が浮上。そのため、政府、警視庁は9日、事件対応のためヨルダンに派遣するTRT(国際テロ緊急展開チーム)の中に、中東に詳しい外事関係の専門家多数を加えることを決定した。

 この疑惑の根拠として、公安幹部は、今回の事件の犯行声明文の書き方はかつてパレスチナ・ゲリラに加わって暴れた日本赤軍のイスラエルに対するアジテーション(通称:シゲノブ・ビラ)そっくり。いかにも日本人が書いたか、書かせている疑いが強いと言う。

 東スポ情報といえばそれまでだが、最初の声明文は確かにひっかかる。

追記: 13日の産経新聞は「赤軍ハンター」の異名をもつ塩川実喜夫国際テロ対策課長が派遣されたと報じた。公安が日本赤軍の線をおっているのは間違いない(Apr13 2004)

 今の時点ではなんともいえないけれども、日本人が関与しているという仮説(自作自演説とは別である)に照らすなら、Sankei Webの「殺害予告、日本だけ 具体的声明…際立つ特異性」という指摘は別の意味をもってくるし、イラクではFAXは使えないという勝谷誠彦氏の今日の指摘や、日本の事情にやけに通じているくせに、韓国の情報にうといのも気になる。

追記: 有田芳生氏の「酔醒漫録」4月11日の項にも、こうある。

 「24時間以内に解放する」という声明はなぜファクスだったのかという問題もある。現地取材者たちに話を聞けばそれができないからメールで送信していたという。たとえば勝谷誠彦さんの「死に損ないイラク独航記」(『現代』5月号)を読むと、イラクは電力以上に通信インフラが破壊されたままで、電話回線が存在しないからファクスで原稿を送れなかったという。しかもファクスの文面がいかにも日本的心情だと読めるのも不思議だ。西暦表記もなぜアラビア式ではなく日本式の記述で書かれていたのだろうか。よくわからないことが多すぎる。

やはり、おかしなことが多すぎる。(Apr12 2004)

 上掲の日付表記について、有田氏は4月12日の項で以下のような若干の訂正をおこなっている。

 昨日の日記で訂正しなければならないのは、犯人グループの2度目の声明文について西暦が日本語表記であると書いた部分だ。複数の専門家に聞いたところ、アラビア文字での西暦表記は、右から「日」「月」「年」だという。したがって声明文の記述順序に間違いはない。しかし「4」と書くべきところが「0」となっている誤記はいかにも杜撰だ。しかも「ヒロシマ」が「フロシマ」と書かれているように粗雑な文章である。アルジャジーラに送られてきたファクスには送信元の記録はなかった。電話回線をたどった結果はいずれ明らかになるだろう。

 「ヒロシマ」が「フロシマ」になっているのは母音記号が間違っているという意味だろうか。声明文の画像で確認しようとしたが、解像度が低くて母音記号までは見えなかった。

 日付については

日付表記

一応、「2004/4/10」のアラビア数字(本物のアラビア数字。ただし、インド起源なので、アラブ圏ではインド数字と呼び、数字の部分は左→右で書かれる)になっているように見える。もっと解像度のいい画像でないと確かなことはいえない。(Apr15 2004)

Apr12

 他国の人質がどんどん解放されていく中、イラクの邦人人質事件はさっぱり動きがないが、この事件には日本人が関与しているのではないかと疑う人はしだいに増えているようだ。後述のように、わたしもひょっとしたらと思いつつある。

 日本人関与説にふれる前に、自作自演説にふれなければならない。自作自演説の震源地は「2ちゃんねる」で、今井紀明氏が事前に「大事件」を暗示する内容を某掲示板に書きこんだという、おなじみのネタがはじまりだったようだ。

 長崎のバスジャック事件以来、大きな事件があると、予告書きこみがあったというガセネタが登場することが多い。今回も予告書きこみのあった掲示板が不明のままで、まったく問題にするにあたらない。

 ところが、犯行グループが三人を武器で威嚇する映像が放映されると、軍事マニアが不自然な点を多々指摘するようになった。

 どこが不自然なのか? 佐々木敏氏の「狂言誘拐説の検討」がよくまとまっているので、引用させていただく。

たとえば、ほぼ同時期にイラク国内で米国人を誘拐(拉致)した「まじめな武装勢力」の場合は、人質1人だけを巨大なイラク国旗の前に立たせ、背景の窓や壁を隠した状態でその姿を撮影し「この人質を殺されたくなかったら、イラク駐留米軍は要求を呑め」と脅迫している(時事通信Web版04年4月11日、ほか)。

背景の壁や、窓の外の景色、犯人自身の姿などは、犯人たちの隠れ家や背後関係を特定するヒントになるので、映さないのが常識だ。

ところが、日本人人質事件で送られた来たビデオには、窓が映っている。それどころか、これみよがしにライフルや携帯型ミサイル(対戦車ロケット)を持つ犯人たちが、目隠しをされて座らされた人質のそばに立って、同じ部屋でいっしょにいるのが見えるのだ。

これにはみんな呆れている。

危機管理の専門家でもある民主党の首藤信彦・衆議院議員は、犯人たちの体格がよいことから、イラクと違って食糧事情のよい外国の出身者ではないかと推理し、さらに犯人たちの持つ銃が異なる機種で、仲間同士銃弾の互換性がないこと(実戦でタマ切れになりやすいこと)や、ほとんど使われてない新品の武器を自慢げに持っていること指して、犯人たちの未熟ぶりを嘲笑した(04年4月11日放送のテレビ朝日『サンデープロジェクト』)。 ……中略……

軍事評論家の宇垣大成は、室内で対戦車ロケットを撃てば発射時に出るガスで大火傷を負うことや、ライフルを撃っても銃弾が壁ではねて撃った者も負傷することなどを、犯人たちが理解していないと指摘した(04年4月11日放送のフジテレビ『EZTV』)。さらに宇垣は「武器を持って人質のそばに立つと、人質ともみ合いになったとき暴発の危険がある(人質がライフルを棍棒のように振り回して殴ることもできる)」ので、そんなことも知らないこの犯人たちは、兵士として十分に訓練されていない、と結論付けた(04年4月10日放送のフジテレビ『ワッツ!?ニッポン』)。

が、犯人が武器を持って「安心して」人質のそばに立つことができる理由は、ほかにもある。宇垣のような、大手マスコミに出演する専門家は言いにくいだろうから、代わりに筆者が言おう。それは、人質と犯人の間に「信頼関係」がある場合だ。

 有田芳生氏が「酔醒漫録」に遠回しに書いているところによると、首相官邸も同じような点に不自然さを感じていたようだ。4月9日の項から引く。

 事件を知った官邸では、この事態がどこまで「事実なのか」という検討もなされた。福田官房長官の「人質……でいいんですね」という発言や翌日に小泉首相が「事実とすれば」とコメントに前提を置いたのは、そうしたふくみがあった。アルジャジーラで流された映像のなかで、人質の目隠しのされかたなども分析し、この事件に特別な背景がないかどうかという慎重な判断が行われた。ところが映像だけでほとんど情報がない。そこで「事実とすれば」発言となったのだ。

 官邸には防衛庁や警視庁からの出向組が詰めている。テロや軍事の専門家なら一目で気がついて当たり前だろう。

 ネットワーカーの間では、APの支局に届けられた映像がCD-Rに焼かれていたことも、状況証拠の一つとされた。20年近くも経済制裁を受けていたイラクの片田舎で、ビデオ画像をCD-Rに焼くようなスキルと機材をもった人間がいるだろうかという疑問である。

 こういう説が受けいれられた背景としては、人質家族たちの当初のイデオロギー的で居丈高な物言いがあった。自衛隊を撤退させるために、事件を利用していると感じたのはわたしだけではあるまい。さらに言うと、北朝鮮拉致問題で、拉致被害者家族会の動きを苦々しく思っていた左翼が、人質家族を押し立てて、まねをしたという印象が濃厚だった。

 イラクやアラブの専門家が犯人グループの声明文の不自然な点を指摘するようになると、自作自演説はさらに勢いづいた。

 宗教的な知識の欠如や綴りの間違いだけなら、犯人が無学な田舎者だということで説明がつくが、日付の表記となると別問題である。

 上掲の佐々木氏が翻訳会社に手紙の翻訳を依頼した体験から、次のように書いているのは示唆的である。

いちばんよくある間違いは、日付だ。

依頼人は翻訳会社(翻訳者)に「日付のところは、あとで自分で入れるから、空白にしておいて」と言って手紙の翻訳を頼むことが少なくない。が、ここに落とし穴がある。

依頼人の語学力が乏しい場合は、英国人に出すレターの日付(日月年)を米国式(月日年)にしてしまったり、フランス語の手紙の日付としてうっかり「2004.4.8」などと、算用数字を日本式に並べてしまう、などのミスを犯す依頼人が少なくない、という(正解は「8 Avril 2004」)。

つまり、上記の犯行声明文の日付の間違いは、イスラムの知識がないどころか、アラビア語のわからない者が、アラビア語のわかる者に翻訳を依頼し、その際元原稿に日付がはいっていなかった結果、と考えると、辻褄が合うのである。

 最初の声明文の日付は本当のアラビア数字ではなく、いわゆるアラビア数字(アラブ圏では「インド数字」という)で書かれていたことを考えると、なるほどと思う。二度目の声明の日付が噴飯物なのは昨日指摘したとおりだ。

 二つの声明は形式面もさることながら、内容的にも不自然な点がある。それは、マザハル・ドレイミを名乗る人物が釈放の条件としてあげた三つの条件のうちの第二と第三の条件についてもいえる。

 「ネット発 声を挙げよう」氏によると、毎日新聞の今日の夕刊には、まさにこの点を指摘した池内恵氏の論文が掲載されたという。

 池内氏は自作自演説も日本人関与説もとっておらず、「混乱下で外国人を拉致し、交渉のカードに使う動きの一部」と述べてるにとどめているとのことであるが、自作自演ないし日本人関与説の立場からみると、興味深い点が多々あるのだ。Mainichi INTERACTIVEには載っていないので、「ネット発」氏のページから孫引きさせていただく。

  1. イラク全土での世論調査で日本の好感度ランクは、派遣後でも筆頭の位置。武装勢力を含む宗教者のほとんどが、今回の事件を非難している。今回の事件が「イラク国民の反日感情の表れ」とは考えにくい。
  2. 自衛隊が米軍の掃討作戦に参加している、というのなら別だが、そうではない。イラクでは軍そのものを忌避するという発想は稀。
  3. 11日の解放予告声明は、アラブ世界の政治声明としては特異の構成。
  4. 例えば、日本政府が「自国民の生命を軽んじた、まして我々イラク国民の生命など…」というのは、アラブ世界が日本を非難する論理としては無理がある。
  5. また、広島・長崎の用法は、米国による一般市民を糾弾し、アラブ発の戦争の正当化をするのに用いるのが通例なのに、今回に限って「イラク人の抵抗運動が、宗教宗派、人種を問わず、平和を好む外国市民を標的にしない」という主張と結び付いている。

 こうした指摘を踏まえ、「ネット発」氏は「解放予告声明」は、「日本の反体制活動家」の論理と酷似しているという独自の分析をくわえている。

 ドレイミ氏が釈放の第二の条件としてあげた「日本政府がイラク国民に対して公式に謝罪すること」については、わたしも「ネット発」氏と同じことを感じた(高橋和夫氏と大野元裕氏も奇異だと言っていた)。そもそも、なぜ、日本がイラクに「謝罪」しなければならないのか。

 わたしはこの釈放条件から金丸訪朝を連想した。平壌を訪れた金丸信は、外務省の担当官の反対を押し切り、戦後50年間の謝罪を北朝鮮に対しておこなった(家宅捜索を受けた金丸事務所の金庫から、無刻印の金の延板が大量に押収されたが、この金の延板は北朝鮮が見返りに金丸にあたえたものだといわれている)。

 戦前のいわゆる「植民地支配」についてなら、「謝罪」するという意見はありうるが、戦後となると、なにを「謝罪」するというのか。

 常人の理解をこえたことだが、左翼の脳構造では、日本はアメリカと安保条約を結び、北朝鮮敵視政策に加担したから謝罪すべきだという理屈になるらしい。

 この理屈はイラクにも平行移動できるが、あくまで日本的左翼の発想であって、イラクの人がこんな考え方をするのかどうか。そもそも、日本以外の人質にはこんな不自然な要求はしていない。

 もちろん、以上の推論は状況証拠の積み重ねでしかない。しかし、わたしは狂言説まではとらないにしても、日本人の関与は大いにありうると考えている。

Apr13

 イラクでは外国人を人質にとる事件が頻発しているが、今度は「カターイブ・アルムジャヒデーィン」(聖戦士集団)と称するグループがイタリア人4人を拘束した(Sankei Webと東京新聞)。

 この事件が特異なのは邦人3人を人質にとった集団と酷似した手口で、ベルルスコーニ首相のイラク国民への謝罪と、イタリア軍の撤退を要求した点である。人質を屋内に並んですわらせ、旅券をアップで映しだすところまでそっくりである。両集団の関係はまだわからないが、あまりにも類似点が多いので、日本とイタリアは情報交換を密にすることにしたという(Mainichi INTERACTIVE)。

追記: 14日、「聖戦士集団」は予告通り人質の一人を殺害したというビデオテープをアルジャジーラに送りつけてきた(Mainichi INTERACTIVE)。ビデオの内容は暴力的なため、アルジャジーラは放映していない。イタリアのフラティニ外相は「報道を確認していない。間違いであることを望む」と語った。

 予告を実行したとなると、イタリア人を誘拐した「聖戦士集団」は、邦人を誘拐した「聖戦士軍団」とは無関係なグループで、「聖戦士軍団」の脅迫が日本をきりきり舞いさせているのをTVで知り、忠実に模倣しただけなのかもしれない。(Apr15 2004)

 これまで人質の映像を公開し、具体的要求を出したのはアメリカと日本の人質に限られていた。昨日紹介した毎日新聞の池内論文や、今日付の東京新聞に掲載された「邦人人質事件の特異性 明確要求なぜ日本だけ」のように、邦人を逮捕した集団が異様に日本の国内事情に通じていると感じている人はすくなくない。すこし長くなるが、後者から引く。

 実際、仏独中といった米英軍の対イラク武力行使に反対した国の人々も誘拐の被害に遭っている。しかしなぜ日本に対する要求だけが具体的で明確なのか?

 イスラム圏の紛争問題を中心に取材するジャーナリストの恵谷治さんは「アラブでこの手の(邦人人質事件のような)映像を流す際は、人質に危害を与えるようなふりはせず、要求を人質自身にしゃべらせるのだが…」と首をひねる。

■『声明、日本の動き詳しく』

 さらに恵谷さんが疑問を感じるのが、「犯行声明」と十日に出されたとされる「解放声明」文の内容だ。特に解放声明では、アラビア語での誤字脱字が目立つ一方で、「日本政府が拘束された三人の人質について自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを…」「日本の街の声に、われわれは耳を傾ける」などと日本国内の情勢について、詳しく言及している。

 「日本政府のこれまでの動きに対しても詳細に書いてあり、批判も随所にあるが、現地のイラク人には通常そこまでの情報はない。一体どんな背後関係があるのだろうか…」

同様の感想は、TVに登場するイラクの専門家たちも慎重な言い回しでほのめかしている。

 イタリア人人質事件は、日本国内に広がりはじめたこうした疑問に応えるかのように、邦人人質事件をそっくりなぞる形で犯行声明がだされた。首相の「謝罪」までもとめるというのだから、念がいっている。

 邦人を逮捕したグループは日付の表記や宗教的措辞など、これまでにも国内の論評に敏感に反応して「学習効果」を発揮してきたが、今回、イタリア軍撤退の期限を明示しなかったのは「学習効果」の賜物といってよかろう(自衛隊を3日以内に撤退させろと期限をつけたことで、日本のTVでは軍事の素人とさんざんバカにされていた)。

 なぜ、イタリアなのか?

 おそらく、イタリアが日本に次いで腰が定まらず、同盟関係の弱い輪と見くびられたためだと思う(スペインの列車テロの直後、イタリア政府はイラク派遣軍の撤退の可能性に言及したし、第一次大戦でも、第二次大戦でも、まっさきに同盟から離脱した)。

 邦人人質事件以来、アラブ圏のTV局は日本国内の反応を頻繁に紹介するようになったそうだが、たかだか千人ほどしか集まらなかった自衛隊撤退要求のデモの映像をくりかえし流すので、アラブの視聴者は日本中が自衛隊撤退で沸き返っているかのような誤った印象をもっているというコメントを新聞で目にした。TV局というフィルターが介在する以上、そうした歪みは当然混入するだろう。

 アラブ圏のTVに流れている日本情報がわからないので、推測でしかないが、邦人を人質にとった集団はTV経由ではえられないような、細部にわたる正確な日本情報をつかんでいるような気がする。わたしは自作自演説はとらないが、武装集団に細かく指示を出している日本人の黒幕がいるような気がしてならない。

 もし、日本人の黒幕がいるとしたら、どんな人物だろうか? 最初の声明文の書きぶりが「重信ビラ」と呼ばれる日本赤軍の文書群とよく似ていることから、公安が動きだしたという報道が複数あったが、素人っぽいミスが多いことから、日本赤軍のメンバー自身が関与しているとは考えにくい。むしろ、日本赤軍シンパで、アラブ社会とコネクションをもつ人物の可能性があるのではないだろうか。

 イラク人質騒動でかすんでしまったが、ZAKZAKの「カーン博士「5年前、北で核3発見た」は見のがせない。北に核爆弾があるという情報はこれまでにも黄長燁氏らによってもたらされていたが、「担当者があると言っていた」という伝聞情報にとどまっていた。ところが、カーン博士は5年前に秘密の地下核施設に案内され、3発の核爆弾を見せられたとパキスタン当局者に自白したというのだ。北朝鮮に核技術を売りわたした張本人の証言だけに、信憑性は高いといわざるをえない。

 ミサイルに搭載可能かどうかは怪しいので、事実だとしても、すぐにどうこうということはないが、万一、船で国内に持ちこまれないとも限らない(あの国はスパイ小説もどきの計画を実行した前科がある)。北朝鮮からの船を入港禁止にすべきだ。

Apr14

 イラク「人質」事件で、おやおやというニュースが報じられた。フジテレビの「ニュースJAPAN」によると、犯行グループとの仲介にあたっているイスラム聖職者連盟の聖職者の一人(名前はメモしそこねた)は「今や3人の日本人は人質としてではなく、客人として大切に遇されている。生命の危険はなく、健康状態もいいはずだ」と語ったそうだ。例によって直接「客人」に会って確認したわけではないが、先日のドレイミ氏のような素性の怪しい部族関係者ではなく、聖職者の発言だから、信憑性は高いと思われる。

 どの時点で「客人」になったかは興味深いところだが、ひとつ気になるのは、「客人」という言葉はイラク戦争開戦前に「人間の盾」として入国した外国人を指すのに使われた言葉だということだ。3人の「客人」が「人間の盾」としてイラクに居残るなどと言いだし、時期が来るまで帰国を拒むなんていうこともないとはいえないだろう。

 深夜になって、新たに2人の邦人がバグダッドで誘拐されたというニュースがはいってきた(Mainichi INTERACTIVEとSankei Web)。

 2人はとっさに中国人のふりをしたが、日本のパスポートが見つかり、連れていかれたというから、今度の騒動で日本人は人質としての価値が高いことが知れわたってしまったということだろう。

 今回は「聖戦士軍団」とは別グループと思われるが、犯行声明や解放条件はどうなるだろうか。

 「聖戦士軍団」の声明文と解放条件はこれまで述べてきたように、きわめて和臭が強い。今日の「産経抄」も以下のように書いている。

 ▼第一の声明文については、日本のイスラム学者が「非イスラム的だ」と指摘しているのがまこと興味深い。では何的かというと“日本的だ”というのである。日本人は友人だったし好きだった。しかし自衛隊派遣でアメリカに追随し、イラク人を裏切った。

 ▼だから報復する…という筋書きは、イスラム的というより反戦活動家の主張に似ているそうだ。第二の声明文では、日本の首相は「自国民への最低限の尊重の念を持ち合わせていない」とし「自衛隊の存在は不法なものであり、米国の占領に貢献するものである」という。

 ▼これもどこかで見聞きしたことがある発想と言葉づかいではないか。これまた警視庁の過激派専門のベテラン捜査員によると、このロジックは日本のマルクス主義者が多用しているものだそうだ。なるほどとひざを打った。

 ▼してみると、これらの声明文には何らかの形で日本人がかかわっているのだろうか。池内恵・国際日本文化研究センター助教授は、犯人グループに塩を送っているのは実はいま国内で起きている日本政府批判のデモだと指摘する(十三日付、日経)。

 有田芳生氏の「酔醒漫録」4月13日の条にもこうある。

「24時間以内に解放する」という声明の背景が少しだがわかってきた。官邸の分析では、マスコミに報じられた文書はオリジナルではなく原文をワープロで打ち直したものであること、それは10か所ほどの誤記、誤植から判断できることだという。しかも電話回線が破壊されているファルージャ附近からファクスの送信はできないことも確認された。ここからは分析レベルだが、声明文の文体や用語などから、声明文作成に日本人過激派が関わっている可能性が高いともいう。もしこれが事実だとすれば、日本国内で拉致事件が政争化するほどに解決は長引くという見方もできる。実際に行われている戦闘やテロとは区別される「意味の戦争」は熾烈な情報戦でもある。

 言外の意味は、「聖戦士軍団」はファルージャ近辺ではFAXが使えないことを知らない、ということだ。では、どこからFAXしたか?

 「聖戦士軍団」は日本の世論を非常に気にしていて、TVのコメントにいちいち敏感に反応しているくらいだから、日本人関与やFAXの発信場所が疑われていることも先刻承知だろう。3人の「客人」の帰国はもうちょっと長引くかもしれない。

Apr15

 イラク邦人人質事件が急転直下、解決した。日本時間で今日の午後8時半頃、バグダッドのアミリーヤ地区のクベイシ・モスクで「イラク・ムスリム・ウラマー協会」のアブドルサラム・クバイシ師に引きわたされたという。クバイシ師は昨夜、「ニュースJAPAN」で3人は「客人」として遇されていると語った人物である。宗教権威者の口から「客人」という言葉が出た時点で、3人の生命は保証されたと思ったが、こんなに早く無事解放されたのはなによりである。

 アミリーヤ地区はフセイン前大統領が最後に姿を見せ、米軍のバグダッド攻略の際には最後まで抵抗がつづいたといういわくのある場所だが、クバイシ師はここを指定したのは自分だとTVで語っていた。旧フセイン政権にゆかりの場所だからといって、これだけで、旧フセイン政権の残党が主犯だったということにはなるまい(いずれかの段階で係わっていた可能性はあるが)。

 川口外相は最初の声明文以外に犯行グループからの要求はなかったと語った。身代金交渉がおこなわれたという報道もあるが、交渉の相手が本当に犯行グループの代理人だったかという問題があるし、身代金に係わる話は今後のことがあるので、真相が明らかになるのはかなり先だろう。

 一番重要なのは犯行グループの背後関係である。多くの人が指摘するように、二度の声明文はアラブ圏の誘拐事件としては異例のものだったし、アルジャジーラが信憑性がないと断じたドレイミ氏の出した解放条件も日本の左翼特有の発想に近いものがあった。また、日本のTVのコメントにいちいち反応しているとしか思えない局面もあった。警察庁は警視庁公安部と北海道警に事件の調査を命じたが、それに先だって「赤軍ハンター」の異名をもつ塩川実喜夫国際テロ対策課長を派遣したのは、それなりの理由があってのことだろう。

 また、3人が誘拐された経緯にも謎が多い。13日付産経新聞1面の「イラクの邦人人質 謎の仲介人混乱に拍車」という記事には以下の記述があるのである。

 在ヨルダン日本大使館を通じ、ヨルダン政府に三人の出国を確認。ヨルダン側は当初、「出国した」と回答したが、改めて確認をとると「記録はない」と返答してきた。

 正規にヨルダンを出国したのであれば、記録が残らないことはないそうである。ヨルダン側のミスなのか、それとも検問所を避ける特別なルートを使ったのか。3人が使ったタクシーの運転手の所在がいまだにわからないこともふくめて、事件の背景を知るにはこの辺りの事情が不可欠だと思う。3人はどこまで警察の捜査に協力するだろうか。

 事件が伝えられてからの6日間、日記系やblog系ではどこも軒並みアクセスが急増したという。拙サイトも11日の818を筆頭に500〜700のアクセスがつづいた。普段のウィークデーは250前後だから、2倍から3倍のアクセスがあったことになる。

 これまでにも急にアクセスが増えたことがあったが、いずれも有力サイトからリンクされたためで、今回もどこがリンクしてくれたのだろうとログを調べてみた。新たなリンクは複数あったが、そのリンク経由で来訪した人は20人から30人程度だった。サーチエンジンでイラク関係のキーワードで来訪した人は1日あたり50人から100人程度だった。

 ということは、ニューカマーは増加分の2割から3割程度で、大半は間遠になっていた読者が久しぶりに訪れてくれた結果らしい。

 実はこの6日間、わたし自身も同じことをやっていた。最近、御無沙汰していたページを覗いては、イラク関係の意見を読んでいた。

 なぜ他人の意見を読みたくなったかといえば、人質家族の発言を伝えるTVや新聞報道に異和感を感じたためだ。訪れた範囲では、同じような異和感を書きつづっている人が圧倒的に多く、マスコミ報道は一般人とずいぶんずれているなと確認できた。

 二度目の声明が出て、生命の危険がないとわかると、これまで紹介してきたように、不自然な点を指摘する記事や論文、コメントがちらほらあわられるようになったが、1面に疑惑記事を載せたのは産経新聞だけだった。

 3人が帰国してくれば、あらためて不自然な点の追求がはじまるだろう。最近、踏んだり蹴ったりの週刊誌メディアがどこまで頑張れるか、お手並み拝見といこう。

Apr16

 イラクのニュースがつづいて重苦しくなりすぎたので、ドクター中松のニュースを。

 ITmediaの「ドクター・中松「サブマリン特許を日本の国家戦略に」」によると、中松氏は「『ドクター・中松デー』がアメリカに制定された」と記者発表をおこなったとか。

 アメリカでとあるが、正確にはデンバー市とデンバー郡の記念日で、2004年3月25日にドクター中松がデンバーを訪問するのを記念して、この日を「ドクター・中松デー」にすることになったそうである。

 ドクター中松は日本の将来を深く愁いておられていて、こう提言されている。

 「キヤノンなどは特許を盛んに取得しているが、IBMは特許をなるべく取らずに自社技術を守っている。私が発明した『LOVE JET』では、パッケージなどどうでもいいものは特許を取得しているが、コアである成分については特許を出願せず、秘密を守っている」。

 「LOVE JET」がどんな製品かは中松氏のWebサイトで読者自身に確認して頂くとして、ちなみに2003年、米国特許取得数トップ企業はIBMだった。

 この記事、突きはなし方が絶妙だ。「LOVE JET」とはこれだな。

 同じITmediaに「ドクター中松、第4世代携帯電話を発明!?」という記事もあるが、こちらも笑える。ITmedia編集部には熱烈なドクター中松ウォッチャーがいるらしい。

 ドクター中松というとフロッピーディスクを「発明」したことで有名だが、「発明」の真相を知りたい方は「「ドクター中松」研究報告」の「フロッピーディスク Part 2.1 (契約編前編)」を御覧になられよ。

 ドクター中松は「世界発明コンテスト」をほぼ毎回受賞しているが、日本側窓口の「国際発明協会」は中松氏が会長をつとめる団体である。

 この団体の賞は安部公房も簡易着脱型タイヤ・チェーン「チェニジー」で受賞しているのだが、勘ぐれば、安部公房がノーベル賞をとるだろうと見越して、唾をつけたのではないか。ドクター中松の最大の発明は「国際発明協会」かもしれない。

Apr17

 TBSの「ブロード・キャスター」で、ドキュメンタリー・コミック「奪回」が紹介された。

 「奪回」は蓮池透氏の同名の手記をベースに、拉致問題を漫画で描く。事態に進展があれば同時進行的にとりこんでいくそうである。

 関係者はすべて実名で登場し、フィクションはいっさいくわえず、発言はもちろん、部屋や服装の細部にいたるまで正確を期すという。作画はもとそういち氏。監修は蓮池透氏自身が担当する(Sankei WebとMainichi INTERACTIVEにも記事がある)。

 「奪回」が連載されるのは、昨年9月に休刊し、今月20日にリニューアル創刊される双葉社の「週刊漫画アクション」。蓮池氏は、当初は興味本位にあつかわれるのではないかと躊躇していたが、編集長と作画の本そういち氏の真摯な姿勢にうたれ、拉致問題を風化させない一助になればと承諾したという。第一回分の原稿を見た蓮池氏は徹底したディティールの追求に驚いていた。

 拉致問題は本とTVではくりかえしとりあげられてきたが、漫画はどうなのだろう。小林よしのり氏の『新・ゴーマニズム宣言<13>砂塵に舞う大義』に言及があるそうだが、北朝鮮擁護の内容だと論争になっているらしい(文字だらけのスタイルに抵抗があり、小林氏の漫画は読んだことがない)。

 多くの人の目に触れる点では圧倒的にTVが優位だが、TVは一過性であり、考える間もなく流れすぎてしまう。漫画は本と同じように自分のペースで読み進むことができ、立ち止まって考えることもできる。漫画版「奪回」に期待したい。

 イラクの騒動のおかげで、久しぶりに蓮池透氏の映像に接したが、沈着冷静、寡黙なたたずまいは、顰蹙をかっているどこやらの家族とは大違いだった(較べるのも失礼か)。左翼がここまで駄目だということを目のあたりにしてみせた点で、今回の騒動は影響が大きいだろう。

Apr18

 Sankei Webに「人質にナイフの脅迫映像は演出 政府分析、早期に認識」という注目すべき記事が出た。政府は映像の分析から、高遠菜穂子氏ら3人が武装勢力に銃やナイフをつきつけられる場面の「演出」を早い段階で見破り、解放後、3人もそれを認めたというのだ。記事から引く。

 政府はアルジャジーラが8日に人質らの映像を放映した直後に、外交ルートを通じてビデオを入手し、専門家による解析を進めた。その結果、未放映の冒頭部分に明らかに事前に演技を振り付けたような動きが見つかった。このほか、武装グループが人質にナイフを突きつけたり、悲鳴を上げさせるシーンなどで、人質3人が武装グループの動きを予知していたかのような動作が数カ所あったという。

 人質3人は政府関係者の事情聴取に、銃やナイフで脅されるシーンについては武装グループに事前に説明されたうえでおびえたような動作をするように強要されたことを大筋で認め、「食事は十分与えられ、待遇はよかった」などと説明したという。

 段取の動きがあるということは、リハーサルを何度かやったということだ。武装グループに凶器を突きつけられて脅迫されたのだから、免責されるべきという議論があるかもしれないが、本当に脅迫されたのなら、わざわざ段取を決めて、リハーサルする必要はない。

 未公開場面はシュピーゲル紙のサイトで公開されていたが、解像度が240x180と小さく、細部まではわからなかった。しかし、公開された部分だけでも、犯行グループは手足を縛らなかった上に、途中から目隠しをとってしまい、人質の手の届くところに小銃が立てかけておくなど、不自然な点が目につき、ヤラセを疑う人が多かった(Apr12参照)。もちろん、これだけで「自作自演」とすることはできないが、3人が「演出」に協力していたことははっきりした。

 「サンデー・プロジェクト」は3人と同時期に拘束され、その日のうちに解放された韓国のホ・ミンヨン牧師にインタビューしていたが、ホ牧師によると、解放後、最初のグループの車の先導でバグダッドに向かったが、次の村にはいると威嚇射撃され、先導車は逃げてしまい、その村の武装グループの取り調べを受けたという。その後も三つの村で同様の検問を受けたというから、1日のうちに5回も拘束・解放されたことになる。

 ファルージャ近辺では、米軍に包囲されたファルージャを救うために、テロリストでもなんでもない普通のイラク国民がやむにやまれず、交渉に使えそうな外国人を片端から拘束したということらしい。沿道のすべての村で外国人拘束がおこなわれたのだとすれば、部族の長老から何らかの指令があったと推測できるが、同じ人間を何度も拘束するというあたり、組織的というほど整ったものではなかったといえる。それはビデオの素人くさいミスや、すぐに解放声明をだしたあたりとも矛盾しない。おそらく、犯行グループはファルージャ近郊の農村に住む善良な一般人だったのだろう。

 問題は「人質」になっていた3人の協力がビデオ撮影だけだったのかという点である。

 犯行声明がアラブの発想ではなく、日本的左翼の発想で書かれている点は多くの専門家が指摘しているし、撮影した映像をCD-Rに焼いて報道機関にとどけたというのもひっかかる。

 3人はPTSDという珍らしい理由で記者会見をキャンセルしたが(Mainichi INTERACTIVE)、崇高な使命感で危険地帯に出かけたはずの人間がPTSDを口実に報道陣から逃げるとは。事件後もイラクで活動したいと言っていたのはどこの誰だったか。

Apr19

 NTVの「きょうの出来事」が、若者の間のイラク旅行人気をとりあげていた。人質事件がようやく解決したばかりだというのに、日本人バックパッカーの集まるアンマンのクリフ・ホステル(崖っぷち旅館?)には外務省の退避勧告がはりだしてあったが、イラク入国をはかる若者が今もたむろしているそうで、ホテルのオーナーは「自分はなにもいう立場にない」と匙を投げていた。

 二度イラク入りしたことのあるフリーターの若者に取材していたが、実際に現地に行ってみると危険はまったくなく、またイラクに行くと自信満々だった。イラク戦争前と後では情況がまったく変わっているはずだし、自分の狭い体験を一般化する危なっかしさを感じた。彼がイラクに関心をもったきっかけは劣化ウラン弾だそうだが、危険を冒す興奮に酔っている風だった。

 ベトナム戦争時、従軍取材をした経験のある桐島洋子氏はコメントを求められて、自分も戦地というとわくわくしたと語っていた。そういえば、「人間の盾団生活、楽しそうでしょ?」なんて書いてあるページもあった。危険の好きな人は人口の何パーセントかは必ずいるのである。

 政府首脳は外務省の警告を無視して人質になった3人に、救出費用の一部を負担させるといっているが、頭に血ののぼった人間相手に費用を払わせると牽制してみても、抑止効果など期待できない。国をあげて被害者いじめをしているかのような印象をいたずらに広めるだけだ。

 asahi.comによると、南ドイツ新聞に「日本人人質の家族に口輪(くちわ)」という記事が載ったそうである。海外や後世から見ると、本来、被害者である人間を国をあげてバッシングしているかのように映るだろう。

 多くの人が3人の人質とその家族・支援者をうさんくさいと感じ、冷たい反応しか見せなかったのは、北朝鮮拉致家族をあからさまに真似てマスコミに登場したことが影響している。その後、ヤラセを疑わせる材料が次々と出てきたけれども、根本には北朝鮮拉致問題があるはずだ。

 「自己責任」という身も蓋もない言葉があっさり受けいれられた背景には、高校を出たばかりの子供を「絵本の取材」と称して危険地帯にいかせながら、自衛隊撤退を当然の権利のように要求する家族と、日本国内で北朝鮮工作員に肉親を拉致され、何十年も耐えつづけた家族との対比があると思う。「北朝鮮には核武装の権利がある」という看板まで登場したが、被害者家族を錦の御旗にすればなんでも許されると考えていたわけで、裏を返せば、拉致問題でなにも反論できない鬱憤がたまっていたということだ。世論の風向きを知るや、3人の家族があっさり政治的要求をひっこめ、腰砕けになったについては、支援団体に利用されていた面もあるのだろう。

 3人の人質はPTSDと診断されたそうだが(PTSDは一ヶ月症状がつづくことが条件と指摘されると、「極度の疲労とストレスを原因とする神経失調症と血液循環不全」に病名を変更)、イラク残留をとりさげて帰国してきた。佐々木敏氏とともに自作自演説の総本山となっているクライン孝子氏の日記の4月19日の(2)に、公安刑事から外患誘致罪(最高刑死刑)で脅されたのではないかと推測する投稿が紹介されている。今のところ、根拠はなにもないのだが、1人に弁護士が10人もつくようなことをすると、こうかんぐりたくもなる。

 気分転換に、韓国の中央日報からヒマネタを二つ。

 「女子学生の成績が良いのは遺伝子の差のため」は、女子が男子より勉強するのはチンパンジーも同じだという研究の紹介。

 タンザニアのチンパンジーは枝や草の茎を白蟻の巣にさしこみ、白蟻を釣りだして食べる技を伝承しているので有名だが、その学習には雌雄差があるのだそうである。

 その教育の過程で、幼い雄のチンパンジーらは、親の話にはうわの空で、イタズラに夢中だ。半面、幼い雌らは、親の教えを熱心に聞くだけでなく、正確に繰り返す復習まで行う。雌は、普通31カ月になれば、白ありの釣り方を体得できる。その半面、雄の場合平均58カ月がかかる。

 ヒトとチンパンジーの共通の祖先の段階で、学習の雌雄差がすでにあったということだろう。これは根が深い。

 「英BBC、異色の『精子レース』を放映」は竹内久美子が飛びつきそうなネタで、生活習慣が男性の再生産能力に及ぼす影響を検証するために、健康的な生活をおくった男性の精子と、不健康な生活をおくった男性の精子を試験管内で競争させるというもの。

 英国でも健康番組は盛んらしいが、ここまでやるとは。パクリの得意な日本のTV局はどう出るか。

 それにしても、わざわざこういう記事を選んで邦訳しているということは、日本語版担当者の趣味なのだろうか。

Apr20

 イラクで後から解放されたフリージャーナリストの安田純平氏とNGO活動家の渡辺修孝氏が帰国した。成田で記者会見に応じなかったことで報道陣と支援者の間でもみあいがあったそうだが、アンマンの会見で十分語っているので、とがめるべきではないと思う。

 ネットで公開されている二人に関する記事ではZAKZAKが一番充実している。「成田大混乱…「会見する」「しない」で怒号 安田、渡辺さん帰国 「イラクに残ると言っていない」 」、「武装勢力“一揆”だった…昼農民、夜戦士 人質ジャーナリスト証言「監禁農場はのどかだった」」、「危険ゆえに活躍の場…判断甘かった戦場記者 「運転手や通訳を簡単に信用してはダメだ」」など。特に二番目の「武装勢力“一揆”だった」は一連の人質事件の背景を活写しており、なるほどと思った。東京新聞の「街の惨状 伝えたかった 安田さん胸中を語る」も一読の価値がある。

 読売ON-LINEに「危険無視のフリー記者、「イラクで稼げる」と続々入国」と、フリー記者を揶揄した記事が載ったが、読売グループはフリー記者にまったく頼っていないのだろうか?

 フリー記者の中には確かに一旗組や、英語さえろくに話せない記者失格の人間もいるだろう。しかし、まともな記者もいるわけで(今回の安田氏の実績はわからないが)、彼らがいなかったら、イラクの現状はCNNやアルジャジーラというフィルターを通してしか知ることができなくなる。イラク報道は彼らによって支えられているのであり、「絵本の取材」と称して危険地帯に入りこんだ未成年者といっしょにすることはできない。

 さらにいうと、身柄の拘束は戦場取材では珍らしくはないという。神浦元彰氏の最新情報の4月18日の項から引く。

この2人の事件の場合、誘拐とか、人質といえるだろうか。犯行声明や身代金などの要求はでていない。このような現場を体験している者として話せば、二人は激戦が行われているファルージャに行こうと試みたようだ。もちろん取材のためである。しかし途中で武装勢力の検問にあい、身柄を連行されてスパイかどうか調べられたのである。しかしスパイではないことが判明した。そこで身柄を解放されたのである。それだけのことだが、戦争を知らない日本では大騒ぎになってしまう。私の場合でも、何度も取材中に連行された経験がある。

このコメントの出た後、安田氏も同様の感想を語ったという報道があった。世界的ニュースとなった3人の事件がなかったなら、戦場取材の一エピソードで終わっていたかもしれないのだ。

追記: ZAKZAKに「あっけらかん安田さん「拘束楽しかった」 「成田に着いた後はギャラ要求していい?」」という記事にも「拘束事件とか言われちゃってますけど、『拘束』じゃなかったですね。武装勢力と『接触』したというか」というコメントがある。

 ZAKZAKは批判的に書いているが、報道の現場はこういうしたたかさによって支えられているのだ。(Apr22 2004)

Apr21

 産経新聞1面トップに「3邦人人質ビデオ未放映映像を解析 内藤正典・一橋大大学院教授 日本語話す人物存在 「言って、言って」発言促す」という記事が出たが、あまりにもおもしろすぎて、たじろぐ部分がある。

 記事によれば、イラク人質事件で犯行グループが送りつけてきたビデオの未放映部分を現代イスラム地域研究を専門とする内藤正典氏が詳しく分析したところ、人質が声を挙げる直前、「イッテ、イッテ」という音声がかすかに記録されていたことが判明したというのだ。内藤氏は「イッテ」はアラビア語でないこと、文脈からいって日本語の「言って」の可能性が高いことをあげ、撮影現場には日本語の話せる人物がいたのではないかと推論している。

 さらに政府筋の情報として、犯行グループは旧イラク軍の使っていなかった高価なイタリア製自動小銃やアディダスの靴を所持していたこと、映像はソニーの新型のビデオカメラで撮影され、iBookで編集されたと見られることをあげ、ヨルダンの出国記録が残っていないことに再度注意を喚起している。

 「情報機関の可能性 日本通、女性脅迫も異様」という記事本紙では1面下段)では、以上の材料から、バース党の情報機関と部族勢力の結託という見方を紹介している。

 3面には「アルジャジーラ第一報・検証 「政治的人質」明白な元の映像」と題した内藤氏の寄稿があり、映像の組立から犯行グループの意図を分析して、

 わざわざ脅しが「やらせ」とわかる打ち合わせシーンまで一緒に送りつけたのも、危害をくわえないというメッセージだった可能性が高い。

としている。

 日本テレビの「きょうの出来事」は内藤説をいち早く再検証していた。

 まず、日本音響研究所の鈴木松美所長によると、「イッテ、イッテ」と言っている人物は身長165cmくらいの小柄な男性で、声紋から郡山氏とも今井氏とも異なることが確認された。口元は覆っておらず、カメラから5〜60cmのところに立っているという。カメラから3人までは1.5〜2m。

 ただし、「イッテ」はアクセントが日本語の「言って」とは違うので、もし日本語であれば、日本語を学んだ外国人の可能性があるという。

 音声の記録されていない部分を読唇によって分析したところ、高遠氏は「叫ぶの? 話すの?」、郡山氏は「喋るの?」、今井氏は「Speak Koizumi?」と手振りをまじえながら犯人に問いかけていることがわかった。手振りが多いこと、英語が混じっていることは、日本語の話せる外国人が立ちあっているという見方と矛盾しない。

追記: 報知新聞の「拉致犯行集団に日本人!? 」という記事にも鈴木氏の分析が出ている。アクセントについては「日本人が「言って」と発音する場合、「イ」と「テ」のそれぞれの語尾が上がる。だが、ビデオの音声では語尾が下がっている。そのため、外国人が片言の日本語で話した可能性が高い」とのこと。

 新しい事実としては、高遠氏が泣き出した直後、英語のtowelではなく、日本語の「タオル」と推定される音声が混入していた。鈴木氏は「言って」よりも「タオル」の方に注目しているという。(Apr23 2004)

 それに対して、日本テレビでイラク語の通訳として働き、3人の解放に立ちあった在日イラク人のキデル・ディア氏は、目隠しをされたままの郡山氏に日本語で「安心してください」と話しかけたところ、本気で驚いていたことをあげ、日本語の喋れるイラク人が監禁中に人質の身近にいたとは思えないとしている。また、「イッテ」は「おまえ」という意味のアラビア語のイラク方言ではないかという。

 アラビア語は方言差のきわめて大きな言語である。もし「イッテ」がイラク方言の「おまえ」だとしたら、内藤説はなりたたなくなる。唇の動きから読みとった音声未記録部分の言葉にしても、日本語のわからない外国人に向かって、ジェスチャーをまじえながら日本語で話しかけるということはままあることだからである。

追記: 正則アラビア語の二人称単数男性形が「アンタ」になるのは偶然の一致の例として有名だが、イラク方言はどうなるだろうか。「にわか仕込みのアラビア語」によると、「インテ」だそうである。「インテ」なら「イッテ」と聞こえないことはないが、微妙なところだ。イラク滞在の長い保坂修司氏や大野元裕氏がこの件に言及していないのが気になる。ディア氏以外のネイティブの意見が聞きたい。(Apr26 2004)

 「イッテ、イッテ」だけでは「言って」かもしれないし、イラク方言の「おまえ」かもしれない。決定不能なのだ。ただ、内藤説が崩れたとしても、声明文の内容があまりにも日本的左翼の発想に近いこと、二度目の声明文が日本国内の反響を織りこんでいるかのように見えること、ヨルダンの出国記録が残っていないことの三点は疑問として残る。

 こんな疑惑まで出てきた以上、人質となった3人は可能な人から個別に記者会見し、一日も早く疑問に答えるべきだ。

Apr22

 25日まで開かれる「国際ブックフェア2004」にあわせて、ITmediaが電子本と読書端末の記事を4本載せている。

 まず、「リブリエの仕掛ける「貸本」は定着を目指す電子書籍の起爆剤になるのか」。24日に発売されるSonyの読書端末は「Librié」、会員制貸本形式のコンテンツ提供会社は「Timebook Town」という名前になったという話。

 「紙の反射率は約80%、リブリエは40%、PCなどの液晶は10%」という数字を出しているが、評判の悪いΣBookよりはましと言いたいのだろう。リブリエの評価については「画面内を泳動するインクが、紙をリアルに表現」参照。画面は美しいが、反応が鈍いそうである。

 貸本形式はBook Off対抗を意識しているのだろうが、読者ニーズをまったく誤解している。多くの人が本を手放すのはお金のためというわけではなく(いくらにもならない)、置き場所がないためだ。置き場所の心配がなくなった電子本で貸本とは、ズレているとしかいいようがない。

 「ΣBookで図書館の貴重資料を一般活用」は、早稲田大学図書館の協力で、草双紙「釈迦八相倭文庫」と、大正7年版「たけくらべ」を電子本にしたという話。画像方式のΣBookをアピールするのに江戸時代の版本をもってきたのは悪くないが、いかんせん、あの汚らしい画面では……。

 「“ケータイで読書”は、「メル友OL」が引っ張る」は電子本書店、パピレスの天谷幹夫社長の語る携帯電話向けコンテンツの読者層の話。「携帯の画面で文字を読むことに慣れている」女性が一番のお客さんだそうな。著作権切れの名作千篇を無料公開しているのも、より多くの人に携帯画面に慣れてもらうためとのこと。携帯電話向け市場は細々とはつづいていくと思うが、主流になるとは思えない。

 最後の「シャープ、読書専用端末の開発に意欲」は、Zaurusのシャープが電子本市場を虎視眈々と狙っているという話。

 根本的な疑問なのだが、出版の産業規模は豆腐産業と同じ程度で、たいしたものではない。なぜ、こんなに騒ぐのだろう。企業のトップは出版に対して過大な幻想をもっているのではないか。

Apr23

 北朝鮮の龍川リョチョン駅で、22日午後1時頃、大爆発があった。駅を中心に半径1km以内が壊滅したらしい(朝鮮日報)。

 例によって北朝鮮は沈黙をつづけ、国際電話回線を遮断したともいわれている。原因はまだ不明で、石油とLPガスを積んだ貨車が衝突したとも、ダイナマイトを積んだ貨車が爆発したとも、貨車から硝酸アンモニュウムが漏れだし、電気の火花で引火したともいわれている。9時間前に中国を極秘訪問した将軍様の特別列車が通過したことから、テロの可能性もささやかれている。朝鮮日報によると、韓国政府は将軍様と爆発は無関係と発表したが、龍川に近い中国の丹東では、将軍様の特別列車が事故現場を通過したのは30分前だという噂が広がっているという。北朝鮮の内情を知る人たちが事故を疑うのは、「特別列車が過ぎる場合、一般住民は全員疎開させられ保衛部員などが近所に密集配置されるため機関士などの不注意で事故が発生する状況にはない」からだそうだ。そういえば、中央日報には、将軍様のお留守中、北朝鮮で山火事が頻発したという証拠の衛星写真が公開されている。

 原因はともかく、東亞日報の「爆発事件、金総書記の「訪中構想」に影響か」によると、訪中の成果をもとに、新義州特区を再稼動させる構想が動きだそうとしていたが、新義州に通じる要衝が吹き飛んでしまったために、改革は頓挫するだろうという。

 一方、朝鮮日報の「生命線”絶たれた北朝鮮経済」は経済改革どころか、現体制の存亡にかかわる危機だと指摘している。龍川は中国からの物資が通過する急所にあたり、特に原油はすべて龍川近傍のポンファ化学工場で精製されているので、今回の事故で石油供給は断たれてしまったことになる。

 北朝鮮は今回の事故で、自分で自分を経済制裁してしまったわけだ。将軍様の天下は「油断」にどこまで耐えられるだろうか。

Apr24

 昨年、WOWOWで放映され、文化庁芸術祭優秀賞、日本民間放送連盟賞、ギャラクシー賞選奨と賞を総なめにした久世光彦演出、小泉今日子主演の「センセイの鞄」をフジテレビで見た。DVDが発売されているが、川上弘美の原作を読んで、ヒロインの月子に肉体派の女優をイメージしていたので、とりあえずTVで見てみようと思ったのだ。

 前半は単色系の川上弘美ワールドを久世流の色彩ゆたかな映像にしていいのかなどと余計なことを考えていたが、花見で小島と再会するあたりからの小泉今日子はただただみごとで、三十路女のほほえましい心の揺れを微苦笑しながら見つめた。彼女の主演作品は『快盗ルビイ』、『風花』と見たけれども、どちらも「小泉今日子」が前に出すぎていた。この作品でようやく女優として開化したのだといえる。

 柄本明のセンセイもよかった。たまたま昨日、『油断大敵』の生臭い老け役を見ていたので、この作品の枯れた老け役には舌を巻いた。もちろん、生臭さが隠し味になっているから、枯れた味が深くなるのだけれども。

 月子にグラマラスな女優を想定したのは、しゃがみこむ自分の姿を七面鳥になぞらえる場面が印象的だったからである。川上弘美の文章はやわらかい、温かい、じんわり、あわあわしている等と評されているが、わたしは慣性力というか、動きのゆっくりした重量感を感じる。その重量感が七面鳥のイメージにぴたりとはまったのだ。

 軽快な小泉今日子を月子にあてたのはわたしにとっては意外だったが、その分、心の慣性力が浮かびあがってきて、これが月子だと思った。

Apr25

 北朝鮮は龍川事故を国内で報じ、国際調査団と援助団体を受けいれた。どちらも異例のことで、事故がそれだけ深刻だったことをうかがわせる。国際赤十字は死亡161人、行方不明5人、負傷1300人以上で、死亡の半分近い76人は駅近くの小学校の生徒だと発表した。国際調査団の第一次報告書によると、中心街の家屋の40%に相当する1850戸が倒壊し、8500人が被災した。深さ10mの穴が2ヶ所できているというから、凄まじい。

追記: 26日付朝鮮日報に穴の写真が載っている。Mainichi INTERACTIVEの「北朝鮮列車事故:子供たちの姿は悲劇的 WFP職員」によると、硝酸アンモニウム20トンでTNT火薬換算10トンの爆発力があり、10メートルの穴があくとしている。(Apr26 2004)

 CTBTの地震波の記録で、TNT火薬換算800トン(!)の爆発規模であることがわかった。May07の追記参照。(May16 2004)

 国際団体に写真撮影と調査を許したのも異例のことで、朝鮮日報日本版の「廃墟になった龍川駅一帯」、 「廃墟になった龍川駅一帯」で現場の模様を見ることができる。ただし、国際団体が到着した時点では、死傷者はすべて現場から運びだされていた(「救援要員ら「死傷者見当たらず」」)。こういう事故が起こると、多数の生埋者が出るのが普通だが、すべて運びだせたとしたら、半壊した小学校以外は大した建物がなかったということだろう。

 朝鮮日報の「専門家ら「建物の劣弱な構造が被害拡大」」によると、問題の小学校は3階が完全に吹き飛んだのに対し、1、2階はほぼ残っていて、これは1、2階にのみ鉄筋をいれ、3階はレンガ積のみという北朝鮮独特の工法のためだそうである。漢陽大建築工学部の朴勇煥教授は「事故現場にある建物の大部分が鉄筋やコンクリートなしにレンガだけを積み上げた痕跡が見られる。この結果、爆発の震動で建物の被害がより一層大きかったはず」と話しているという(李佑泓『暗愚の共和国』の唖然とした記述は事実だったのだ)。

 北朝鮮当局は硝酸アンモニウムを積んだ列車と燃料用石油タンクを積んだ列車を入れ替える作業中に両列車が衝突、駅内の電柱が倒れ、電線の火花が列車に飛び火して爆発したのが原因としているが、上掲記事によると、硝酸アンモニウムと軽油をまぜた硝安油剤爆薬(ANFO)は比較的安定しており、「北朝鮮側が説明する高圧電線から火花が飛んだだけで、あれほどの爆発になるのか疑わしい」という識者のコメントを紹介している。テロ説がささやかれる所以である。朝鮮日報によると、龍川一帯で大々的に不純分子狩りがはじまっている。治安維持目的だろうが、テロを疑っているのかもしれない。

 これだけの惨事の2日後、平壌では「人民軍創建72周年記念慶祝夜会」が予定通り開催され、朝鮮中央通信は「人民武力部責任の勤労者らも兵士らと一緒に踊りを踊りながら夜会を盛り上げた」と報じたそうな。

 この事故は終りのはじまりになるのだろうか、それとも将軍様が焼け太りして終わるのだろうか。

Apr26

 24日から新文芸座で特集上映「名匠 小津安二郎」がはじまっている。36作品を5月14日まで、3週間かけて上映するという大がかりな特集である(「宗方姉妹」は企画時にプリントがなかったので、特集上映には含まれていないが、東宝がニュープリントを提供したので、6月3日、4日の2日間、田中絹代監督・小津安二郎脚本の「月は上りぬ」と二本立て上映するとのこと)。

 昨年は小津生誕100年で、DVD-BOXが出たり、サントラ音楽集が出たり、手ごろな論集が刊行されたりしたが、本命は映画館での上映である。小津の特集上映はこれまでにもあったが、今回、特筆すべきはサイレント作品が弁士の活弁つきで上映されることである(一部作品はピアノの生演奏のみ)。

 今日、最初の活弁つき上映を見てきた。「大学は出たけれど」、「浮草物語」、「生まれてはみたけれど」の3本で、いずれも映画史上に名高い名編。担当するは片岡一郎、斎藤裕子、佐々木亜希子(美人!)の3名で、澤登門下の若手である。

 「大学は出たけれど」は以前、活弁なしで見たことがあるが、10分ちょっとの16mm版しか残っていないので、なにがなんだかわからないうちに、あっという間に終わってしまった。活弁つきだと、ストーリーと背景を弁士が補ってくれるので、映画を見たという実感があった。

 この作品は若き日の笠智衆がちょい役で顔を出しているので有名だが、バーの客として顔を出した笠を「笠くん」と呼びかけるというように、弁士の裁量でなんでもできる。

 「浮草物語」は25年後に小津自身が「浮草」としてリメイクしただけあって、劇映画として第一級品であり、見ごたえがあったが、どさ回りの一座という現代の観客にはなじみのないシチュエーションなので、字幕だけではわけがわからないだろう。

 「生まれてはみたけれど」は蒲田小市民映画の代表作として有名だが、引っ越しにしても、新興住宅地にしても、部長へのごますりにしても、現代と共通点はあるものの、絵柄が違いすぎるので、解説をまじえた活弁がつかないと、ストーリーが追いきれないと思う。

 「浮草物語」は『小津安二郎 DVD-BOX 第三集』、「大学は出たけれど」と「生まれてはみたけれど」は『小津安二郎 DVD-BOX 第四集』に収められている。字幕だけでは二度、三度見ないとわからないのではないかと思うが、どうなのだろう。

 なお、活弁つき上映は5月6日、7日、10日、11日、12日、14日におこなわれる。小津ファンはこの機会にぜひ見ておいた方がいい。

Apr27

 TVで龍川爆発事故の負傷した子供の映像が流れた。一応、ベッドに寝かされ、点滴を受けていたが、みな熱線で顔に火傷を負い、中には皮膚が炭化している子供もいた。WFPの欧米人スタッフが抗生物質が必要だと血相を変えて訴えていた。北朝鮮の医療事情を考えると、あの程度の治療を受けているのだって幸運な方だろう。

 朝鮮日報の「新義州の病院の実態」や「寒さに飢え…伝染病の恐れも」を読むと、現実はもっとひどいことがわかる。「龍川被害者数千人に化学薬品露出の副作用」という懸念も出てきている。

 韓国は救援物資の陸路輸送と医療チーム・病院船の派遣を26日に申しいれたが、北朝鮮は拒否した。理由は、

「われわれの当該機関と協議した通り、緊急医薬品と救援物資を陸路で輸送するよりはナムポ港に輸送するのが望ましい。南側が希望している医療陣と病院船の派遣に対しては、われわれにも十分な医療陣があり、すでに現地で活動しているだけに派遣の必要はない」

だそうである(陸路の方が6時間以上早く着くのだが)。これに対して、韓国の丁世鉉統一部長は「北朝鮮に病院がないことを見せたくないためそうしているようだ」と語っている(朝鮮日報)。韓国側は27日に再度、同じ提案をおこなったが、拒否された。

 これだけの惨事で、死者160人という北朝鮮当局の発表は怪しい。ろくな治療が受けられず、死んでいった負傷者だってかなりの数になるだろう。実際、「死の一歩前の状況…民心動揺」によると、160人という公式発表は「現地では「笑わせる数字」とし、一蹴されている」そうである。

 暗殺説も根強くささやかれているようだ。

また、当日ここを通った金正日総書記を恨む声も多かったと、同消息筋は伝えた。このため、「一部勢力が金総書記を暗殺しようとして、罪なき住民だけを殺した」という話が住民の間で拡大している。
 現地の情報に詳しいある華僑は「金総書記が新義州(シンイジュ)駅で約1時間滞在しながら、現地の幹部らを列車内で面談したと聞いている」とし、「このような点から、金総書記の移動時間は当初伝えられたものと違ってくる可能性がある」と話した。

 暗殺説の真偽はともかく、暗殺ではない方が体制に対するダメージが大きいかもしれない。

 北朝鮮国内向けの将軍様報道は、白頭山の秘密基地で産まれたとか、若くして天才的な才能を発揮したとか、現地指導で生産性が二倍、三倍になったとか、荒唐無稽なウソ話が多い。

 見えすいたウソ話をくりかえすのは、将軍様への忠誠競争もあるだろうが、北朝鮮の国民がウソ話を必要としているという面があるのではないだろうか。物質的にはとうに破綻しているあの国がつづいているのは、ウソ話のおかげではないかと思うのだ。

 よその国の人をあまり悪くは言いたくないが、革命の「血統」にこだわったり、白頭山に降臨したという壇君の神話や、将軍様のお誕生日に白い雉が見つかったなどという瑞兆をありがたがったりしているところをみると、北朝鮮の国民は古代的なメンタリティから脱却できていないのだろう。報道機関の伝えるウソ話は、外部から見ると荒唐無稽でも、北朝鮮の国民にとっては将軍様のカリスマの証であり、共同幻想を保持する上で必要欠くべからざるものと考えた方がいい。

 暗殺未遂でないとしたら、将軍様の特別列車が通過したばかりの場所で、偶然、こんな惨事が起こったことになり、共同幻想もいっしょに吹き飛んでしまう。将軍様のカリスマはもはや地に堕ち、泥にまみれる。

 中国の皇帝は天変地異があると、自らを罪する詔を発して、天に詫びた。近代的な考え方では不可抗力の天災であっても、古代的な考え方では支配者の不徳に対する天の警告なのだ。

 迷信で維持された体制は迷信で滅びる。将軍様の時代は間もなく終わるような気がする。

Apr28

 ウェブ報知に「「女子高生コンクリ殺人」映画公開中止」という記事が出ている。

 若い人はご存知ないかもしれないので、念のために確認しておくと、「女子高生コンクリ殺人」は1988年11月、女子高生が不良少年グループに拉致され、綾瀬で41日間、暴行・リンチされたあげく、衰弱死し、遺体はドラム缶にコンクリート詰めされて工事現場に遺棄されたという事件である。監禁現場となった家は両親が共産党系の病院の事務長と看護士という党員一家で、暴行監禁の事実は知らなかったと主張した(事件発覚直前、家を締め切って、関係者により周到な証拠隠滅工作がおこなわれたという噂を聞いたことがある)。詳しくは「無限回廊」とWeb現代参照。

 事件後15年たった今年、『コンクリート』として中村拓監督により映画化され、5月29日から銀座シネパトスで封切られる予定だったが、「製作サイドによると、インターネット上でのひぼう、中傷や劇場への抗議、悪質な嫌がらせ電話などが相次いだため、公開中止を決めた」そうである。公式ページは閉鎖されているが、ビデオは6月に発売される。

 記事を読んで、ネットの暴力による言論弾圧ではないかという印象をうけたが、いくつか関連ページをのぞいてみたところ、実作を誰一人として見ていないという問題はあるが、単純に割り切れる問題ではないと思えてきた。

 「女子高生コンクリート殺害映画化まとめサイト」という恰好のリンク集を手がかりにしたが、書きこみが千を越えたために、閲覧できなくなっているスレッドが多いし、閲覧できる分だけでも膨大な分量があり、全貌はとても把握しきれない。あくまでわたしが閲覧した範囲でいうと、公開に反対している人たちには

という三つの立場があるようである。

 主演の小森未来の作品は見たことがないが、女優としてさしたる実績がなかったとしても、この作品でいい演技をしている可能性はないとはいえないわけで、最初から興味本位と決めつけるのはどうだろう。見てもいない映画の上映禁止を要求するのは理解できない。

 原作は未読だし、わたしの閲覧した範囲では具体的な問題点の指摘が見つからなかったので、なんともいえない。ただ、ノンフィクションではなく、「ノンフィクション・ノベル」と銘打っている以上、加害者にある程度感情移入しないと作品として成立しないわけで、その点で反発をかったのかもしれない(救いようのない極悪人をかっこよく描くのが小説の王道だったりする)。

 あまりにも凄惨すぎて、この事件をあつかった本は読んだことがないし、読むこともないだろうが、ネット上の評判とAmazonのカスタマーレビューによると、中立的なのは藤井誠二『17歳の殺人者』、女性の立場から書かれているのが門野晴子『女子高生コンクリート詰め殺人事件 彼女のくやしさがわかりますか?』(絶版のため、復刊ドットコムでリクエスト募集中)、加害者たちの家庭環境を詳しく調査したのが横川和夫&保坂渉『かげろうの家 女子高生監禁殺人事件』、手ごろなのが佐瀬稔 『うちの子が、なぜ!―女子高生コンクリート詰め殺人事件』だそうである。こうした本の間で、『十七歳、悪の履歴書』がどういう位置を占めるのか、誰かレビューしてくれないものか。

(阪本潤治監督あたりが、深田恭子主演で、藤井誠二の『17歳の殺人者』を原作に映画化していたら、どうなっていただろうと思わないでもない。)

 マイナーな映画はビデオ&DVDを主な収益源としており、劇場公開は箔づけのためにおこなわれるケースが多い。シネパトスは「銀座」にあるといっても、場末の小さな小屋にすぎず、「ロードショー公開」したという箔をつけるための映画館といえないことはない。

 シネパトスで公開できたとしても、客はほとんどはいらなかっただろう。メインのビデオ発売はできるわけだし、話題になった分、収益的にはプラスに働く可能性が高い。

 製作サイドの自主規制という形をとった結末は安易だし、釈然としないものを感じる。作品に本当に自信があるなら、公開に反対する人たちを対象にした試写会を開くなどの方法はとれなかったのだろうか。

追記: 「映画瓦版」の服部弘一郎氏が試写で見た『コンクリート』の映画評を公開している。服部評を引く。

 女子高生誘拐が起きてからの後半になると、映画はもはや完全に主役不在になる。主犯の辰夫は完全に主人公の座から降りてしまうし、誰かが彼に替わって主人公になるわけでもない。舞台のスポットライトを浴びている場所に誰も立たないまま、少女の陵辱やリンチという陰惨な劇だけが進行していくのを観ているのはちょっとしんどい。事件をフィクションとして再構成するのなら、物語の中に映画の作り手や観客がすんなり感情移入できる人物を創作してほしかった。

 監禁犯の主人公をかっこよく描いているのではないかという予想はまったくはずれた。監督は主人公のあつかいに困ったあげく、映画を作品としても、商業的にも破綻させてしまったらしい。覚悟もなしに、こういう難しい題材をとりあげるべきではない。(May14 2004)

Apr29

 3月に休刊した「月刊しにか」(Mar02 2004参照)のメールマガジン第24号が配信された。休刊後もメールマガジンは不定期に発行するということだったが、実際に届くとうれしい。

 記事は「しにか」の連載を単行本化した『石川忠久 中西進の漢詩歓談』の紹介、人名漢字の最新動向、『明鏡国語辞典』と『大修館 四字熟語辞典』のアンケート、出生届のトラブルをあつかったコラムの四本である。

 まず、人名漢字の動向だが、昨年の「曽」の字をめぐって、人名漢字の制限を意見とした最高裁判決を受け、法制審議会人名漢字部会では、人名漢字を拡大する方向で話しあいがはじまったという。

 JIS第1水準をベースに、500〜700字程度増やすらしいが、第1水準で残っているのは「虻」、「闇」、「萎」、「淫」のような名前に使いにくい字が多いし、略字体ばかりなので、増えたという実感は生まれそうにない。

 人名漢字制限を違憲とする判決が出ているのだから、この際、典拠のある文字という条件(創作漢字を防ぐために必要)だけつけて、人名漢字表は廃止した方がいいと思う。

 出生届のトラブルはおもしろい。名古屋で「伸子」という母親から生まれた娘に「伸子しんこ」という名前をつけた出生届が名古屋高裁で違法とされたというのだ。

 コンピュータでは同一フォルダー内に同一の名前のファイルを作ることはできないが、日本の民法も同じで、同一戸籍内で同一の名前をつけることは禁じられている。

 この件の場合はどうだろうか? 字面こそどちらも「伸子」だが、音的には母親が「のぶこ」、娘が「しんこ」と別の名前であり、はっきり区別できる。パスポートでもNobukoとShinkoで、間違える心配はない。民法でいう同一の名前とは、そもそも字面を問題にしているのだろうか、音を問題にしているのだろうか。

 名古屋高裁は違法の判断をくだしたわけだが、では、「伸子」という母親の娘に「信子」という名前をつけたらどうなるのだろうか?

 この裁判、思いのほか深いものがある。

Apr30

 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)のエドガー賞の長編部門にノミネートされていた桐野夏生の『OUT』が受賞を逸した(Sankei Webと東京新聞)。

 受賞できなかったのは残念だが、同賞の候補に日本人作家が選ばれたのははじめてのことであり、『ラスト サムライ』の渡辺謙がアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた以上の快挙といえる。

 東京新聞の「日本の大衆小説 『ビジネスになる』」によると、英訳版『OUT』のアメリカでの評価はすこぶる高い。まだハードカバーでしか出ていないが、昨夏の刊行以来、1万8千部以上を出荷しており、2月にエドガー賞候補になってからは、入荷するそばから売れて、在庫のない状態がつづいている。ペーパーバック版が出れば、世界的なベストセラーになるかもしれない。

 村上春樹や吉本ばななは外国の読者にオリエンタリズムを越え、同時代人としての共感をもって受けとめられたが、どちらも寓話的であって、日本の現在が描かれているわけではなかった。『OUT』は家庭崩壊やローン地獄、外国人労働者、ヤクザのような、従来の英訳小説ではふれられなかった日本の現実を描いた作品として注目され、文化人類学の授業で教材として使われてもいるという。

 実際、US Amazonで読める書評を見ても「ざらざらしたリアリズムで描かれた日本の消費社会の下腹部でいとなまれる日常生活は刺激的である」、「東京の殺伐とした住宅地、工場、倉庫を背景に、環境の犠牲となりながら、なにがなんでも生きのびようとする女たちの荒涼とした物語が語られる」と、リアルな描写に注目しているし、カスタマーレビューにも「はじめて日本のミステリを読んだが、現代日本の下腹部で暮らす人間がどういう生き方をしているのか知ることができたのは思いがけない収穫だった」という感想が寄せられている。

 日本のアニメや漫画の人気から考えれば、大衆小説が世界で受けいれられる素地は十分あるわけで、2001年にはVerticalという日本専門の出版社がニューヨークで設立され、鈴木光司の『Ring』、『Spiral』、北方謙三の『棒の哀しみ』を英訳した『Ashes』などを出版し、売行は好調という。

 アメリカ市場の向こうには世界市場がある。国内市場がじり貧の今、力のある作家は世界を目指すようになるだろう。

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