エディトリアル   May 2004

加藤弘一 Apr 2004までのエディトリアル
Jun 2004からのエディトリアル
May01

 Mainichi INTERACTIVEに「データ流出:「Winny」で防衛庁の秘密文書など閲覧可能」という笑うに笑えない記事が出ている。陸上自衛隊の中隊をあずかる幹部が自宅でWinnyを使用し、うっかりフォルダの指定を間違えて、パソコンに保存していた極秘ファイルを流出させてしまったというのだ(Winnyをターゲットにして、個人情報を流出させる「キンタマ」ウィルスが話題だが、時期的にみて誤操作と断定してよいだろう)。

 ファイルの中味ははんぱではない。隊員の住所や性格評、訓練スケジュール、駐屯地人員や車両状況一覧等々、プリントアウトすると数百ページ分の分量はあるそうで、正真正銘のマル秘情報である。

 Winnyの場合、データをリクエストした人のパソコンだけでなく、データをバケツ・リレーしたパソコンの中にもデータが残る。流出があったのは2002年11月で、1年半たっているから、おそらく数千から数万のコピーが存在し、現在も人知れず増殖をつづけているのだろう。

 実戦部隊をあずかる幹部自衛官なのに、私物のパソコンに機密ファイルを書きこんで、自宅にもってかえって仕事をするというサラリーマン的習性もどうかと思うが、そういうパソコンでWinnyのネットワークに接続してしまうのもあきれる。

 類似の事件は京都府警でもあったそうだが、人の生死に係わる仕事をしている警察官や自衛官がこんなに無防備では怖い。

 軍人としてこれだけの失敗を犯しておきながら、一ヶ月分の給料を減給しただけですませているのも理解に苦しむ。営倉にぶちこめとはいわないが、日本の防衛を担っているという自覚が自衛隊にあるのだろうか。

 4月30日の北朝鮮拉致問題に対する『「今こそ経済制裁を!」国民大集会』にぶつけるようにして、イラク人質事件の今井紀明氏と郡山総一郎氏の記者会見がおこなわれた(Sankei Web)。

 記者会見というより、一方的な演説であって、コメントする気にもなれない。彼らに「自己責任」をもとめる議論にくみするものではないが、「自己責任」は関係ないとするピントのずれた主張にもあきれた。日本の記者に演説した内容と、外国の記者に演説した内容はほとんど同一の文言だったそうで、「勝谷誠彦の××な日々」の5月1日の項によると、「『朝ナマ』出演者たちの中枢情報によると今井クン郡山さんに対する「訓練」は壮絶なものだったらしい」とのこと。確かに、朝生のパネラーの一人で朝日新聞の川村晃司氏はこの件をふられると、もごもご口ごもっていた(笑)。

 自作自演説は薄れたが、佐々木敏氏は「シリーズ「イラク日本人人質事件」第七弾として「郡山総一郎はシロ」という文章を発表している。佐々木氏は当初、出所不明の犯行予告を根拠に自作自演説を主張していたが、第四弾の「クベイシ師もグル?」あたりから、なるほどという内容になった。

May02

 HotWiredの「既存メディアのジャーナリストからブロガーに転向――ブログ運営者の会議」という記事は興味深い。先月17日にハーバード大で「ブログコンというブロガーのシンポジュウムが開かれたが、ネットの読者は自分の政治的心情にかなうかどうかに係わりなく、極端な意見を好む傾向があるので、従来のジャーナリズムの書き方や倫理規定は合わないという意見が多かったというのだ。

 元ジャーナリストで、現在はブログ向け広告会社を経営するヘンリー・コープランド氏は「読者は偏った意見を求めている」と断言し、

「以前は、あるニュースについて、1つの新聞に複数の見解を載せる必要があったかもしれないが、今では、ブログを2つか3つ購読すれば、1つのニュースをさまざまな角度から見ることができる」と、コープランド氏は言う。
 コープランド氏によれば、ブログ読者は、ブログのニュースをどれぐらい割り引いて読むべきかわかっているという。主流メディアの報道と違い、ブログには「裏に隠した意図がない」とコープランド氏は話す。「彼らは自分の偏った意見をそのまま提示する」

 日本でも「激怒系」と呼ばれる、感情をストレートに表現した日記やブログが人気を集めている。わたしが毎日チェックしている中では「零細企業経営者の闘魂日記」、「殿下の御館」、「勝谷誠彦の××な日々」、「クライン孝子の日記」あたりが「激怒系」にはいるだろう。いずれも日に数千、数万のアクセスがあり、なまじの雑誌をしのぐ読者をもっている。

 勝谷誠彦氏とクライン孝子氏は現役のジャーナリストで、勝谷氏はTVのコメンテイターとしても活躍しておられるということだが、番組では日記のような過激な言動はできないだろう。

 日本の場合、人気のある「激怒系」ページは保守的な論調が多いようである。保守的な「激怒系」がすかっとしているのに対し、左翼の「激怒系」は屈辱感というか、タタリ神状態というか、怨念ドロドロで、読むと気持ちが悪くなり、のぞこうという気になれない。思想的に破綻した上に、ソ連崩壊後、社会主義のウソがぼろぼろ出てきて、可哀想な情況にいることも事実なのであるが、あれでは仲間内でしか読まれないだろう。

 日本の「激怒系」人気を支える条件として、マスコミがてうっすらとした左翼味を依然としてつづけていて、世論から遊離している点があげられる。

 マルクス主義をいまだに信じている人間が大手マスコミにいるとは思えないが、マスコミ人には一般大衆を指導してやろうという構えが依然としてあるが、思想的に優位に立たたせてくえる材料として、マルクスに代わるものがまだ見つからない(環境保護だけでは弱い)。マルクス主義が破綻していることは百も承知でも、商売道具を手放すわけにはいかないのだろう。

May03

 国会図書館のサイトで「日本国憲法の誕生」というコーナーが公開された。「概説」、「資料と解説」、「論点」、「文書庫」にわかれ、資料、年表、人物紹介、用語辞典がリンクしてある。資料はオリジナルの拡大画像とテキストが出てくるようになっている。

 単行本1、2冊の分量があり、よく作りこんであるが、惜しむらくは行間があいていないこと(スタイルシートぐらい使え >国会図書館)。画面上に字があんなにぎっしり詰まっていては読めたものではない。

 歌舞伎町が「映画の街」としてアピールしていくという記事が東京新聞に載っている。コマ劇場前の広場を囲んで15の映画館があり、総客席数は7400にのぼるそうで、「街を一つの大きなシネコンに見立て」るというのは正解だ。

 先日、「Apple Seed」をグランド・オデオンで見たが、内装・音響設備とも一新していて、見違えた。

 池袋でも池袋シネマ振興会が「buku」という無料冊子を加盟映画館で配布している。「buku割」といって、この冊子を見せれば、毎月29日は入場料が1000円になるという。

 映画館で街興しはけっこうなことだと思う。

 CNNに「「ノアの方舟」の正体は? 探検隊が調査へ」という記事が出ている。ノアの方舟が漂着したことになっているアララット山で、方舟の残骸らしき巨大構造物が空から見つかったという、オカルト・ファンならおなじみの話柄だ。ネッシー同様、何度か調査隊がはいっているが、「昨夏の猛暑で雪が解け、長さ約140メートル、幅約20メートル、高さ約15メートルの構造物が姿を現した」そうなので、方舟ではないにしても、今回はなんらかの遺跡が見つかるかもしれない。

 AP電だけに、「「数千年前のメソポタミア一帯が洪水に襲われた形跡はあるものの、アララト山のような高さに舟がたどり着くことはあり得ない」との見方が有力だ」という大真面目なコメントがついている。進化論裁判モンキー・トライアルをかかえている国だけのことはある。

May07

 Sankei Webに「北の列車爆発 シリア人技術者乗車 直後に残存物防護服で回収軍事物資を輸送中?」という記事が載っている。

 北朝鮮当局は龍川リョンチョンの爆発事故は硝化アンモニュウムと石油を積んだ貨物車の接触によるものと発表したが、「事故直後には防護服を着た北朝鮮の軍関係者が現場に到着、一団の乗っていた車両の残存物だけを回収した」そうで、軍事物資の化学薬品の可能性がでてきたというのだ。北朝鮮情報に強い産経新聞だけに、信憑性は高いと思われるが、将軍様のお通りになる沿線にそんな危険なものを本当に置いておいたのだろうかと気にならないではない。これが事実だとしたら、大変なスクープである(韓国三大紙の日本語サイトにはまだ関連の記事はない)。

 問題は爆発した化学薬品がなにかだ。J-r.comの5月7日の項によると、神浦元彰氏は弾道ミサイルの液体燃料だろうとしている。

今までにシリアは北朝鮮からスカッドC(ノドンクラス)を密かに買っていた。今、そのシリアはアメリカの厳重な監視下にある。もしシリアが大量破壊兵器(弾道ミサイル)を保有することは、アメリカに軍事攻撃の口実を与える危険性がある。そこでシリアは保有している弾道ミサイルを破棄することに決めたのだ。そこで貯蔵していた液体燃料を北朝鮮に返送してきたのではないかと推測される。ミサイルの液体燃料は猛毒な化学物質である。そこで爆発事故直後に現場にかけつけた軍関係者は防護服を着用していた。

 ミサイルの燃料なら、あの爆発の規模も納得がいく。さすが軍事評論家である。

 このところ、北朝鮮のミサイル関連の動きが急だったが(Sankei Web)、いよいよきな臭くなってきた。

追記: 包括的核実験禁止条約(CTBT)機構の地震波データ記録から、龍川の爆発規模があきらかになった(Sankei Web)。TNT火薬換算で0.8キロトンと「小型の原爆並みの破壊力」で、「爆発原因の北朝鮮の説明に疑問も出ている」という。(May16 2004)

 この数日、拉致被害者の御家族が参院選挙前にも帰国するのではないかという観測をマスコミが一斉に流したが、そんな期待に冷水を浴びせるような記事が共同電で流れた(Sankei Webの「強硬派が金総書記批判? 北当局者、拉致解決困難と示唆」)。

 ソースは先月訪朝したアメリカの北朝鮮専門家のセリグ・ハリソン氏で、北朝鮮当局者は氏に対し、「軍内の強硬派は小泉純一郎首相に謝罪した金正日総書記を批判している」と言明したという。Sankei Webから引く。

 ハリソン氏は「軍だけでなく朝鮮労働党の強硬派からも金総書記は厳しく批判されている」と言明。こうした国内情勢を当局者から伝えられたと述べた上で「総書記への内なる静かな不満」が根強いと指摘した。
 さらに「政権内の現実主義者は日本に(好意的)態度を示し、経済改革を進め、核問題でも話をまとめたい。強硬派は反対で、日本と和解したくなく、金総書記の謝罪を非常に不快としている」と言及。

 もともと、今回の姿勢軟化はいつもの時間稼ぎにすぎないとする見方もあった。ZAKZAKの「“軟化”は金正日の延命工作!?帰国進展か 」によると、日本の公安担当者はこう語っているという。

「北の狙いは、日本が対北カードとして今国会成立を目指す特定船舶入港禁止法案の成立阻止と、12日からの6カ国協議を見据えた事前工作だ。先月下旬、米国務省が発表した国際テロに関する報告書で、北朝鮮による日本人拉致問題が初めて明記された。6カ国協議作業部会を有利に運ぶために、拉致問題で一定の姿勢を示す必要があったのだろう」

 帰国実現がなによりだが、万景峰号入港禁止法案を阻止するための煙幕をはっただけのことなのかもしれない。期待しすぎると、また北朝鮮に振りまわされることになる。

May08

 DVDファイルの更新がとどこおっている。DVDを見る時間がとれないのだ。といっても、TVを見ている時間は変わらない。原因はDVDレコーダーにある。

 DVDレコーダーには標準モードで68時間録画できるのだが、こまめにDVD-Rに移していても、じりじりと残り時間が減っていき、ついに10時間を切ってしまった。こうなると自転車操業状態で、録画するそばから中味をチェックして、残したいものをDVD-Rに移すのが日課になってしまった。

 CMカットをすれば、4.7Gのディスクに1時間番組2本と30分番組1本がはいる。ディスクを節約するためには、せっせとCMカットをしなければならない。こうして録画した番組を見てしまうことになる。2倍速で飛ばし見しても、けっこう時間がかかる。

 考えてみれば、VHS時代は録画しても、1割くらいしか見たことがなかった。録画したことで満足していて、引っ越しのたびに大量のビデオテープを捨ててきた。

 テープに録画していたら、見ることなく捨てていたかもしれないキュブリックの特番や、藤原竜也のロンドン紀行、マダガスカルのツィンギと呼ばれる奇岩怪石地帯のドキュメンタリを見ることができたのは幸いだった。特番はおもしろいものが多い。

 レギュラー番組では「ふしぎ発見!」の「徹底検証 1421年・中国人新大陸到達!」がおもしろかった。この番組は鄭和の大遠征がアメリカ大陸や南極大陸にまで到達していたとするギャヴィン・メンジーズの『1421―中国が新大陸を発見した年』を目ざとくとりあげたもので、主にアメリカ大陸に残る中国人の「痕跡」を紹介していた。メンジーズ本人も登場したが、気さくな爺さんだった。40分そこそこではさわりだけで、食い足りない。2時間特番にする局はないだろうか。

May09

 先月、遠藤周作の『沈黙』の草稿が長崎県外海町の遠藤周作文学館に寄贈された遺品の中から発見されたというニュースが報じられたが、この草稿をもとに、同館の藤田尚子氏がまとめた『遠藤周作『沈黙』草稿 翻刻』が今月11日に長崎文献社から刊行されるという(YOMIURI ON-LINE)。

 『沈黙』の草稿は、遠藤本人が「風呂の焚き付けにしてしまった」と書いていたので、失われたと見られていたが、冒頭1/5に相当する部分の下書きが原稿用紙20枚の裏に鉛筆でびっしり書かれた状態で残っていた。

 今回、刊行される本では、新発見の草稿にくわえて、次の段階の秘書の塩津登美子氏による清書原稿と、最終段階のゲラ刷りも収録しているらしい。

 『沈黙』は重要な作品だとは思うが、執筆のどこかの段階で構想が変化したというのでなく、単に描写が詳しくなったというだけだったら、たいした意味はない。現物を見ていないのでなんともいえないけれども、記事から推測する限りでは、わざわざ本にするほどの意義があるのか、疑問に思わないではない。

May10

 Winnyの開発者、金子勇氏が京都府警に著作権法違反幇助容疑で逮捕された。各紙とも大きくあつかっているが、ITmediaMainichi INTERACTIVEasahi.comが詳しく、逮捕の問題点についてはITmediaの「Winny開発者逮捕で波紋、P2Pの将来に懸念も」がよくまとまっている。

 金子氏は現在、東大大学院の助手だが、独立行政法人・情報処理推進機構が募集した「未踏プロジェクト」に選ばれた一人で、「異才が奇才を呼び、天才を育む」という特集ページでは「さすらいのプログラマ」として紹介されている。

 NapsterやWinMXは中央にサーバーの存在する不完全P2Pだが、Winnyはサーバーの存在しない完全P2Pである。といっても、ピンと来ないかもしれないので、p2p.media.comの解説を引こう。

 Winnyは、巨大掲示板群「2ちゃんねる」から生まれたP2Pネットワークによるファイル共有ソフトです。ユーザーはこのソフトをダウンロードしてパソコンにインストールするだけで、世界中のWinnyユーザーのパソコンに保存されているファイルをダウンロードすることができます。ただ、WinMXとちょっと違うのは特定のサーバーに依存しないで、やりとりされるファイルは全て暗号化されるという点です。 WinMXの場合はプロバイダー側にファイルをやり取りした記録が残ってしまうので、悪質な利用者を特定することができましたが、このWinnyはユーザーによって構築されるネットワーク網でファイルをやりとりする仕組みを持つ為に、個人を特定することが非常に困難なのです。

 WinMXは「プロバイダー側にファイルをやり取りした記録が残ってしまう」とあるが、正確にはファイルのリストを提供する中央サーバーである。Winnyは伝言ゲーム方式でファイルをもっている機械を探すので、中央サーバーがいらない。

 Winnyの公式サイトは閉鎖されてしまったが、もう一歩踏みこんで知りたい人は「Winnyハイパー初心者講座」とwinny.infoの座談会を御覧になるとよい。

 クラスタの作り方など技術的におもしろいのは事実だが、暗号化のあたりは、違法ファイル交換のために作ったといわれても仕方がない。実際、金子氏は「47氏」として、著作権法を攻撃する発言をくりかえしている(金子氏=47氏はまだ実証されたわけではないかもしれないが)。

 京都府警では先日、捜査資料がWinnyによって流出していたという不祥事が発覚しており(いわゆる「キンタマ」ウィルスのせいらしい)、今回の逮捕を「報復」とする見方が一部にある。捜査資料流出事件については「まとめサイト」が便利である。北海道警でも同様の流出があったらしいし、May01の項でふれたように、陸上自衛隊の中隊幹部が機密情報をWinnyで流出させてしまい、減俸処分を受けた事件が発覚している。

 アメリカでNapsterが合法化されたように、不完全P2Pなら著作権料をとることが可能だが、Winnyのような完全P2Pではきわめて困難である。Winnyが違法ファイル交換のためにつくられたソフトであるとしても仕方がないが、あくまで道具にすぎない以上、開発者を幇助罪に問うのはいかがなものか。もし、ツールを作っただけで幇助罪が成立するなら、警察に大変なフリーハンドを許すことになる。著作権法違反よりもはるかに影響の大きい機密情報を流出させた人間が刑事罰に問われていないことを考えても、今回の逮捕は明らかに行きすぎである。

May11

 イラクのサマワで警備にあたっているオランダ軍に手榴弾が投げられ、一人が死亡、一人が重傷を負った。容疑者とみられる二人のイラク人が拘束され、現地警察とオランダ軍が取り調べをしている(Sankei WebとMainichi INTERACTIVE)。

 オランダの駐留期限は7月で切れるが、野党はこぞって駐留の延長に反対しており、今回の事件で駐留反対の世論に勢いがついたという(Mainichi INTERACTIVE)。オランダ軍が撤退したら、サマワの警備は英軍が引き継ぐのだろうか。虐待は英軍もやっているから(でっち上げという説もあるが、イラクではすくなくともそう信じられている)、英軍が進駐してきたら、サマワは一挙に緊迫するだろう。部族の力が強いといっても、いつまで部族長の抑えが利くだろうか。

 民主党の新代表就任に否定的だった小沢一郎が急に積極姿勢をみせはじめたというが(東京新聞)、この転換はイラク情勢の緊迫化と多分、無関係ではない。自衛隊に死者が出たら、現在、自民党に吹いている追い風はたちまち逆転するだろう。

 北朝鮮拉致問題解決のために、小泉再訪朝がとりざたされているが、サマワがきな臭くなった以上、再訪朝は実現するもしれない。

 八人の御家族が帰ってきたところで、拉致問題は終止符を打たれるのではないかと危惧する声があるが、とりあえず八人を奪回することは悪いことではないと思う。亡くなったとされている人たちや、拉致の事実を北朝鮮側が認めていない人たちは、おそらく北朝鮮の秘密活動に深く関与させられていて、金正日政権がつづく限り、帰国はかなわないと思われるからだ。

 八人を取り返したら、国交正常化交渉などは打ち切り、送金と船の来航を禁止して、徹底的に追いつめればいい。

 昨年の5月10日以来、ほぼ毎日エディトリアルの更新をつづけてきたが、まる一年たったのを期に、不定期更新にもどすことにした。やはり毎日はきつい。数日おきの更新になるが、引きつづきほら貝を御愛読願いたい。

May13

 朝鮮日報に「八万大蔵経、9万銅版経に生まれ変わる」という記事が出ている。

 八万大蔵経とは、高麗時代、契丹とモンゴルの侵略から国を守るために開板された海印寺版大蔵経のことで、八万枚の版木で刷られたことから「八萬大藏經」の名がある。版木は海印寺の蔵経閣に保存されており、ユネスコの世界遺産に認定されている。

 高麗大蔵経のテキスト自体はすでに電子化されており、CD-ROMとして発売されているだけでなく、高麗大蔵経研究所で電子テキストが専用フォントとともに公開されているが、今回、八万枚の版木を銅板で作り直し、さらに高麗版にはなかった歴代韓国祖師の語録を一万枚くわえ、九万枚の『21世紀の新大蔵経』を開板することが決まったのだという。

 「電子テキストの海へ」でSATの石井校成氏にインタビューさせていただいた際、韓国では大蔵経の版木が国を救ったと考えられているとうかがったが、電子テキストにしただけではなく、永遠に残る銅板にして残そうというのは、版木に対する韓国民の思いの深さゆえなのだろう。

 上記インタビューでも高麗版の異体字が話題になったが、稻垣淳央氏のサイトによると、このほど『高麗大藏經異體字典』が単行書として刊行され、本郷の山喜房佛書林で入手できるとのことである。

 石井氏のところで見せていただいたのはガリ版刷りに近い簡易印刷だったが、あのようなディープな資料が函入の立派な本になるとは感慨深いものがある。

May15

 小泉首相が今月22日に再訪朝するという(Sankei Web)。来月末のはずが急に早まったのは、首相自身の年金未加入期間発覚問題と、小沢一郎氏の民主党代表就任のためという見方がもっぱらである。重村智計氏によると、事前の合意がほとんどできていない状態だそうだが、手ぶらで帰ってきたら政治生命にかかわるだけに、足もとをみられる怖れがある。

 国立博物館で「空海と高野山展」を見てきた。空海の入唐1200年を記念した展覧会だけに、教科書や百科事典でおなじみの国宝・重文のお宝がごろごろ。壮観である。

 後醍醐天皇が手形を捺した巻物があったが、子供のように小さい手だった。なんとなく大柄な人だと思っていたのだが、実はかなりチビだったらしい。

 NHKスペシャル「地球大進化」の第二回、「全球凍結 大型生物誕生の謎」を見た。第一回は巨大隕石の重爆撃、地殻津波、全海洋蒸発と大技の連続だったが、今回は6億年前に地球全体が凍りついたとする「スノーボール仮説」で、東京を厚さ千メートルの氷河が覆い、海は千メートルの深さまで凍りつくなど、見せ場が多い。

 「スノーボール仮説」は集英社新書の『全地球凍結』であらましは知っていたが、あの本は地質学業界のすったもんだが中心で、生物進化との関連はほとんど書かれていなかった。凍りつくメカニズムも、氷雪が増えると反射能が高まり、どんどん熱が逃げていくという熱平衡説を主にしていて、光合成生物と好酸素細菌、メタン菌の三角関係のもつれというおもしろい話ではなかった。全球凍結が終り、温度が急上昇した後、酸素が一気に増えたが(ここまでは地質学的に証明されている)、生物体をささえるコラーゲンを合成するためには高濃度の酸素が不可欠だそうで、これが事実ならわくわくしてくる。実際、この時期にエディアカラ動物群が簇生しているが、「花に追われた恐龍」の二の舞でないことを願う。

 先日、早川から出たガブリエル・ウォーカーの『スノーボール・アース』に書いてあるのかと思ったが、Amazonのカスタマー・レビューには「サブタイトルとして表紙に『生命大進化をもたらした全地球凍結』とあるが、本文の中にはそのあたりの詳しい仮説は載っていない」とあるから、日本語で読める本はまだ出ていないのだろう。おもしろそうなのだが。

May17

 NTVの「スーパーテレビ」枠で放映された「妹よ!〜李恩恵の兄・飯塚繁雄26年の戦い〜」を見た。「李恩恵」とは、言うまでもなく、北朝鮮に拉致され、金賢姫の教育係にされた田口八重子さんのことである(北朝鮮は田口さんの拉致は認めたが、金賢姫との関係は認めておらず、田口さんは大韓航空機事件の前年に「事故死」したとしている)。

 将軍様のスパイごっこのために、中学生の女の子や二十歳前後の若者を拉致して、人生を奪ってしまうのも言語道断だが、二人の幼い子供のいる母親を拉致するのは、子供の運命をも直接に巻きこむだけに、さらに罪が深い。

 幼くして親と生き別れになる子供はすくなくないが、田口さんのケースは「金賢姫の教育係」として拉致が発覚したために、マスコミによる二次被害がくわわった。他の拉致被害者の家族の方々は社会の無関心に泣かされたが、田口さんの御家族は過剰な関心に苦しめられることになった。

 大韓航空機事件については特別関心をもっていたわけではないが、「李恩恵」の家族が名乗りでなかったことについては、あることないこと、さまざまなことが言われていたのを憶えている。北朝鮮寄りのマスコミは、これだけ騒動になっているのに「李恩恵」が見つからないのは、大韓航空機爆破事件そのものが韓国の自作自演だからだと書いたものだった。それだけに、「李恩恵」の該当者を警察がリークすると、右寄りのマスコミが色めき立った。

 ドラマの後半は、マスコミの取材攻勢から幼い耕一郎氏を必死に守った飯塚氏御夫妻の闘いを描いている。耕一郎氏は21歳になるまで、自分が養子であり、実の母が「李恩恵」として知られる女性だったことを知らなかったという。当時の田口さん周辺に対するす激しい報道合戦からすると、奇跡というしかない。

 飯塚氏が耕一郎氏を守り通すことができたのは、大韓航空機事件がらみだったせいで、左翼系ライターが及び腰になったことが影響しているかもしれない。左翼系ライターは概して柄が悪い。もし北朝鮮の恥部にかかわる話でなかったなら、当時、思春期だった耕一郎氏に突撃取材するライターがあらわれ、彼の人生を狂わせていた可能性がなくはなかった。

 実の親でも子供をネグレクトしたり、虐待する事件が相次いでいるのに、経済的に楽とはいえない生活の中、三人の子供にくわえて、妹の子供を立派に育てあげた飯塚氏のような方の存在を知るのは心洗われる思いがする。飯塚氏は責任を果たした人間だけがもつ風格ある顔をしている。

 小泉再訪朝の5日前に、このドラマが放映されたのはまったくの偶然だが、偶然だけに、畏れに近いものを感じる。8人が帰ってきただけでは拉致問題は解決していないぞという、人間を越えたものからのメッセージだろうか。

 今回の小泉訪朝は身代金をもって人質を引きとりにいくに等しいが、身代金の額にトリックが潜んでいることを、勝谷誠彦氏が日記の17日の項で指摘している。

 今回のコメ支援がどういう形で行われるのかを私たちはまず注視しなくてはいけない。恐らくはこれまでの方法に準拠して世界食糧計画(WFP)が外務省が拠出した資金で日本の政府保有米を買い取るという形をとるものと思われる。日本政府はそれに要した金額を当然ながら公表するであろう。青木さんの試算基準を援用すればコメの国際価格はトンあたり2万円として日本人の血税から金豚に渡る金は50億円ということになる。あの竜川大爆発の被害総額が390億円だそうだからこれだけでも北朝鮮にとっては濡れ手に泡の金豚恵比須顔だろうが実はここにはとんでもないカラクリが潜んでいるのである。

 神浦元彰氏によると、米25万トンは北朝鮮の兵士一人あたり250kgの量だという。金正日政権はまたしても窮地を脱したわけだ。

 森前首相は8人の帰国以上の成果が期待できると語ったそうだが、ひょっとしたら、今回の実質的身代金に味をしめて、拉致生存者が10人か20人、新たに「発見」されるのではなかろうか。もちろん、なんの根拠もない思いつきだが、映画狂の将軍様のことだから、なにかあっと言わせるような奇手を考えていそうな気がする。

 山形浩生氏が「自由には必ず責任伴う」という好文章を書いている。内容は当たり前だが、掲載された場所が当たり前ではない。なんと、asahi.comなのである。asahi.comも変わりつつあるということか。

May18

 NHKスペシャル「疾走するロボットカー 〜アメリカ軍の未来戦略〜」を再放送で見た。

 今年3月、アメリカ国防総省傘下のDARPA(国防高等研究計画庁)がモハベ砂漠で「DARPAグランド・チャレンジ」というロボットカー・レースを開催した。主催のDARPAとは、インターネットを核戦争でも生き残るネットワークとして開発したことで有名なあのDARPAだ。

 国防総省がロボコンまがいのレースを開いたのは、ハイテク兵器でも減らない死傷者に焦だった議会が、昨年、軍用飛行機は2010年までに、軍用車両は2015年までに、それぞれ1/3をロボット化しろという法案を通してしまったからだ。イラク占領統治をめぐるアメリカ世論の動向を見てもわかるように、今や、アメリカ軍の最大の脅威は自軍兵士の死である。

 飛行機の方はすでに無人偵察機プレデターが実戦で活躍しており、達成できるのは確実だが、地上は空と違って障害物だらけなので、2015年達成は困難だろう。DARPAは開発の遅れを挽回するために、このレースを企画したわけだ。

 ラスベガスまでの240kmを人間の介入なしにどれだけ速く完走できるかを競ったが、参加15台中、完走できた車は1台もなかった。ほとんどの車は数キロでリタイアし、一番長い距離を走った、ウィリアム・ウィテカー率いるカーネギー・メロン大のレッドチームのレッドチームのサンドストームでも12kmにすぎずなかった。

 レースの直後、Hotwiredの「自律走行車が競う『DARPAグランド・チャレンジ』、全車がリタイア」は、「ロボットのドライバーに運転免許証が発行されるような事態は、しばらく起きそうにない」と冷やかし気味に伝えていて、ロボコン・レベルかなと思っていたが、映像で見ると、どうしてロボコンどころではない。門柱の間を通過したり、駐車車両をよけたり、交差点で速度を落としたりはお手のもので、直線部分に来ると時速60〜70kmで豪快に飛ばしていく。

 一番長い距離を走ったサンドストームは、クウェートからバグダッドまでの高速道路なら、今すぐにも完走できるくらいの水準に達しているように見えた。サンドストームに次ぐ走行距離を出したイスラエルのエルビット社の車両もおそらく完走できるのではないか。

 取材チームは優勝候補と黙されていた上記2チームの他に、ごつい軍用トラックを改造して参加したオハイオ州立大チームと、弱冠22歳の発明家、マウンテンバイクを改造したロボット・オートバイで参加したアンソニー君にスポットライトをあてていた。オハイオ州立大チームは軍用トラックのトップ・メーカー、オシュコッシュ・トラック社が支援しているし、予選で壊れてしまい、番組ではピエロ役をわりあてられていたアンソニー君のロボット・オートバイにもAMDもステッカーが貼られていた。日本のロボコンとは較べものにならないくらい生臭い。

 1台も完走しなかったとはいえ、Hotwiredの「DARPAの新たな目標は「学習する自律走行車」」という記事に見られるように、DARPAは今回のレースの結果に満足していて、来年は賞金を倍の2億円にひきあげるという。

 ロボット戦車軍団が敵陣を突破していくなどというアニメまがいの光景はもっと先だろうが、軍事物資を運ぶトラックのロボット化なら、手の届くところまで来ているという印象をもった。トラックなんかとあなどってはいけない。今、イラクで一番狙われているのは軍用トラックでなのだ。トラックのロボット化はアメリカ兵の犠牲を大幅に減らすことになる。

 番組でも指摘されていたが、アメリカの軍事行動を抑止する最大の要因は、今や自軍兵士の死である。もし、トラックのロボット化で死傷者を半減させることができたら、アメリカは今よりも簡単に軍事行動を起こせることになる。抑止力がなくなってしまうのである。

 「DARPAグランド・レース」を仕切っているDARPAの責任者が気になることを言っていた。なぜレース会場に砂漠を選んだのかと聞かれて、「これからの数十年、アメリカの戦場は砂漠だ」と答えたのだ。国防総省は対イスラム戦争が今後、何十年もつづくと考えているらしい。これは文明の衝突そのものではないか。

 Hotwiredにこんな写真が載っていた。「巻き寿司にトッピングされた苦くてほのかに魚の味がするサソリ」だそうで、アメリカ自然史博物館で開かれた虫を食べるイベント」の一こまだそうな。

May20

 「新潮45」に渡辺也寸志氏の「イラク人質事件犯人グループ直撃 三人は立派に任務をこなした」というスクープが掲載されている。勝谷誠彦氏の日記で知ったのだが、これは大変な記事である。

 渡辺氏は『足枷―アメリカの謀略にはまった「よど号」田中義三』などの著書のあるルポライターで、過去に二度、イラクを取材している。

 イラク人質事件ではあまりにも和臭の濃厚な声明文に多くの人が疑問をいだいたが、渡辺氏もその一人で、ファルージャの包囲戦がつづくさなか、アンマンに飛んだ。

 渡辺氏はアラブ義勇兵の組織にわたりをつけたところ、かつて取材したことのあるムジャヒディンがファルージャで指揮官をしていることがわかった。渡辺氏は紹介状をもらい、ファルージャ入りするパレスチナ人義勇兵に同行してイラクにはいった。

 渡辺氏がアラブ義勇兵組織の庇護を受けることにしたのは、それ以外に安全を確保する術がなかったこともあるが、アラブの部族社会は相互監視が厳しく、現地の人間が外国人に部族の秘密をもらすことはありえないからだという。

 指揮官となっている旧知のムジャヒディンと会うまでも興味深いが、指揮官から紹介された副官の語る「人質」事件の真相は実におもしろい。

 ファルージャにはアメリカ軍の包囲前から、殉教者アーマド・ヤシン旅団、神のライオンと征服者旅団、一九二〇革命旅団などの抵抗組織があり、全体を束ねる組織としてファルージャ抵抗旅団が結成されていたという。外国や南部のシーア派地区から応援に来たグループはファルージャ抵抗旅団の指揮下にはいって、戦うことになる。

 4月7日当時、主力はアメリカ海兵隊と対峙していており、一般道を検問していたのは住民組織だった。三人の日本人を拘束したのは住民組織だが、身柄は副官の所属する義勇兵組織を含むいくつかの組織をへて、最終的に一九二〇革命旅団にわたされた。

 一九二〇革命旅団はイラク・イスラム聖職者協会の事務局長をつとめるダリ師直系の武装組織である。ダリ師の祖父は1920年に英国将校を殺害して反英武装蜂起の口火を切ったが、後に殉教しており、ファルージャやラマディ近辺では「1920年革命の英雄」として崇拝されているとのこと。

 「人質」解放で有名になったクベイシ師はダリ師の側近だそうで、クベイシ師と武装組織は最初からつながっていたわけだ。現地ではクベイシ師の手柄ではなく、ダリ師の手柄として認識されているそうである。

 さて、核心部分を引用する。

――解放声明については、日本人的な文章だと指摘する人もいる。
「そうですよ。彼ら自身が(草案を)書いたんですから」
――強制されて書いたということか?
「違う。自分たちで書いたんですよ」

 やはりとは思ったが、別に驚きはしない。

 渡辺氏のルポルタージュは、真相部分以外にも興味深い点が多々あるので、ぜひ一読されるとよい。

May30

 フリージャーナリストで『イラクの中心で、バカとさけぶ』の著者のの橋田信介氏と小川功太郎氏がイラクでテロリストに襲撃され、亡くなられた。お二人は正真正銘のジャーナリストだった。謹んで哀悼の意を表する。

 TBSの報道特集で「北朝鮮炭鉱で日本人女性を見た!」という注目すべきインタビューが放映された。

 これまでにも拉致を疑われている「特定失踪者」の目撃情報はあったが、秘密工作機関や招待所という特別待遇される場所での目撃だった。炭鉱は北朝鮮でももっとも劣悪な労働環境であり、左遷された人間や出身成分のよくない人間がまわされ、逃げないように厳しく管理されているといわれている。

 証言したのは北朝鮮北部のオンソン郡の炭鉱町から脱北してきたペク・ミョンホ氏で、1990年代後半によく話をした経理係の女性が日本人だったという。その女性は独身で、当時、50代後半に見えたそうである。

 ペク氏に「特定失踪者」の写真を見てもらったところ、1965年6月9日に北区で「失踪」した坂本とし子さんと目の特徴が似ているという。「特定失踪者」リストの写真は「失踪」した22歳当時ののものだったので、番組では特定失踪者問題調査会の協力のもとに、坂本さんの他の写真や母親の写真、姉の年齢を重ねた現在の写真で確認してもらったところ、ほぼ彼女だろうとのことだった。

 とし子さんは結婚が決まっていて、幸せの盛りにいたが、徒歩で10分ほどの編物教室にいく途中で忽然と姿を消した。貯金通帳も、服も、身のまわりの品も自室に置いたままで、お金もほとんどもっておらず、拉致の疑いが濃厚な一人とされている。

 ペク氏の知っている日本人はとし子さんらしい女性だけではなかった。同級生に日本人の子供が二人いたというのだ。

 一人は「山本」という少年で、親は帰国した在日朝鮮人だと語っていたが、生活習慣が違うので、周囲は日本人とみていたそうだ。70代に見えた父親は家の中では「特別な寝巻」(浴衣のことらしい)を着ていて、月に一度、警察がチェックにきていた。もう一人の同級生の父親も70代にみえたが、両親ともに朝鮮語が下手で、家の中では日本語で通していたという。

 父親が70代に見えたということは、中高年になってから拉致されたために、北朝鮮社会に適応できず、落ちこぼれたということだろうか。

 『北朝鮮拉致工作員』という著書で、いちはやく北朝鮮秘密工作活動と拉致の実態をあきらかにした安明進氏は、以前、拉致してきた日本人がすべて秘密工作機関に配属されるわけではなく、能力のない人間は別の場所に送られるらしいと語っていたそうだが、北朝鮮国内に存在するはずのなかった拉致被害者である以上、別の場所が監視しやすい炭鉱だったという可能性は十分ありうる。

 蓮池薫さんも、地村保志さんも、拉致され、25年間もの間、厳重な監視下での生活を余儀なくされたとはいえ、いっしょに拉致された婚約者と結婚し、立派な子供をもうけ、北朝鮮で最高レベルの教育を受けさせることができた。自由がなかったにせよ、物質的な待遇は悪くはなかったろう(それでも、ひどく痩せていたらしいが)。

 だが、すべての拉致被害者がそうした恵まれた生活を送れたわけではなかったらしい。秘密機関で働くことのできたのは能力のある一握りの人だけで、大半は炭鉱送りだった可能性すらないわけではない。

 小泉再訪朝のなさけない実態がだんだん明らかになってきている。週刊新潮によると、小泉首相が10人の「安否不明者」をもちだした途端、将軍様は席を立ち、会談を打ちきるかのようなブラフをかけた。これで日本側は総崩れ。待ってくれと将軍様に懇願し、もはや具体的なことを聞くどころではなかったとか。「人道」援助を約束し、経済制裁凍結をみずから言いだし、ようやく引きだせたのが、会談前から決まっていた「再調査」の約束のみ(調査結果の「白紙撤回」は日本側の作文で、将軍様は単に「再調査」を約束しただけ)。北朝鮮側は「安否不明者」の情報を出す用意があったというが、小泉首相が自滅したので、次に使うために温存したらしい。年金隠しと参院選目当ての拙速な訪朝が見え見えだったために、将軍様に足元を見られたのである。

 身代金をわたしてきたに等しい今回の小泉訪朝を国民が容認しているのは、帰国した蓮池さん、地村さんのお子たちがあの国の最高の教育を受け、立派に成人した姿に安堵したからである。

 しかし、炭鉱で最低の生活をさせられている拉致被害者がいたとわかったら、世論は小泉首相を決して許しはしないだろう。

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